• このエントリーをはてなブックマークに追加
2019年03月18日 16:54

コミュニティ活動に求められるそれぞれの『覚悟』(前)

大さんのシニアリポート第77回

 拙著『親を棄てる子どもたち 新しい「姨棄山」のかたちを求めて』(平凡社新書)の書評が朝日新聞(平成31年3月9日)書評欄で紹介され、少しずつではあるが販売部数が動き出したと版元から連絡があった。寡作な作家としてはうれしいかぎりである。また取材にご協力いただいた桜井政成(立命館大学政策科学部)教授のブログを拝見して感動した。今回はそれをベースに話を進めていく。

 「桜井政成研究室」のブログには、今回の拙著上梓に関して実に興味深い内容が盛り込まれていた。とくに、「コミュニティとは、迷惑をかける、かけられる世界です」といい、拙著で自分が認知症であることをカミングアウトした香川涼子(仮名)さんについて、「私はこの香川さんの姿に、なんて強い女性なんだろうと思いました。1人で生きていくしなやかさ、したたかさを身につけておられる、と。要は、助けられる覚悟が必要なのです」という。この件について補足する。

香川涼子さん(仮名)

 香川さん(昭和6年生まれ)は私が運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連で、背が高く細身の身体を自作の和服で包み、気品に満ちあふれた女性だった。私は彼女に「見返り美人」というニックネームをつけた。香川さんに異変が生じたと感じたのは三年前の春。「ぐるり」の仲間と温泉旅行に行き、お土産を買ってきてくれたときのこと。私の家の玄関先に、ほかに配るはずのお土産の袋が置いたままになっていた。香川さんに電話すると、「探していた」という。すぐに取りにうかがうというので待っていたが、来ない。玄関のベルを鳴らしたのは、実に1時間後のこと。「家が分からなくなった」といった。

 それから香川さんは「ぐるり」の場所も、自宅も忘れた。銀行のATMの操作を忘れ、日にちも曜日も忘れた。認知症患者は自分が認知症であることを隠すのが普通だ。恐怖心とプライドがあるからだ。香川さんは違った。「ぐるり」の常連に、「私は昨日のことも、家に帰る道も分からなくなりました」と、自分が認知症であることを公言し、助けを求めたのだ。公表することが仲間に迷惑をかけないことになると判断した。

 仲間は動いた。誰いうともなく、香川さんを送り迎えしたり、一緒に買い物をしたり、家の冷蔵庫をチェック(賞味期限の切れた食材で溢れていた)したり、一緒に食事をした。「1人で食事をするって、寂しいじゃないの」といった。香川さんの表情に明るさと柔らかさが増し、認知症を患っているとは思えない日常が続いた。しかし、ふたりの娘が香川さんの行く末を案じた。徘徊や銀行の暗証番号を失念する母親を見て、施設への入所を検討した。「ぐるりの皆さまに迷惑をかける」というのが主な理由だった。

 私は率直に香川さんに聞いた。香川さんは、「このまま皆さまと一緒に(見守られながら)暮らしたい。でも、正直皆さまに迷惑をかけているのではないかという気持ちもある。娘たちにも家庭がある。それを背負いながら母親のことを考えてくれている。入所費用だって用意してくれるっていっているし…」と。私は直接長女に電話をしてみた。「みんなでお母さんを見守っていることが生きがいになっています。このまま続けさせてもらえないか」と提案した。「認知症の高齢者を同じ高齢者がサポートする」ことに、“棄老”を避ける“鍵”があると判断したからだ。これがうまくいけば、「地域で高齢者や生活弱者を支える」という「高齢者相互扶助システム」を稼働させることが可能になると期待した。しかし、「娘として皆さまに迷惑をかけることは心苦しい」といって入所を優先させた。「お別れ会をしたいから、入所日が決まったら教えて」という私の言葉を遮った。「私は見送られることが嫌いです。だから、人知れず消えます」といって、ある日忽然と姿を消した。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

     

トップニュース

2020年07月02日 17:27

IT化とデータ可視化の推進でジョブ型への対応を(前)NEW!

 東証マザーズ上場のナレッジスイート(株)の提供するサービスは社内の無形のノウハウの可視化・資産化を推進し、業務の効率性向上、リスクヘッジに役立つものであり、地方の企...

2020年07月02日 17:10

新型コロナウイルス~首都圏を中心に感染拡大NEW!

  【表1】を見ていただきたい。全国(47都道府県)の新型コロナウイルス感染者の順位表である。 ~この表から見えるもの~ ◆全国(47都道府県)の7月2日...

2020年07月02日 16:40

姪浜駅に憩いの場「めいのはまMarché」オープンNEW!

 JR九州フードサービス(株)は、福岡市地下鉄・JR「姪浜駅」構内に、個性豊かな専門店が集まる憩いの場「めいのはまMarché」をオープンさせる...

2020年07月02日 16:26

ストラテジーブレティン(255号)~Point of No Return、米国の対中金融制裁が俎上に~慎重な投資姿勢を(前)NEW!

 6月30日、「香港国家安全維持法」が制定され、即時施行された。香港の民主主義と自治が失われ、一国二制度が終わった。世界は熾烈な米中冷戦へと展開していくだろう...

2020年07月02日 16:17

【凡学一生のやさしい法律学】関電責任取締役提訴事件(前)NEW!

 関電事件は究極の国家犯罪の完成形である。法律犯罪国家における利権構造の雛形といえる本件事件は、日本は悪徳法律家が支配あるいは跳梁跋扈する法匪国家であることを示した...

2020年07月02日 16:00

イージス・アショア中止は日本発の防衛システムへの転換点(1)NEW!

 6月15日、河野防衛大臣は「イージス・アショア」の配備計画の停止を発表した。日本国内のみならず、周辺国や製造元のアメリカにも激震が走った...

2020年07月02日 15:30

サザン無観客ライブで売り上げ6億5,000万円!ウェブ配信動画に光明NEW!

 サザンオールスターズは6月25日、無観客リモートライブを開催。400人を超えるスタッフと40台カメラで演出されたライブは、有料視聴ライブとして8つのメディアで配信さ...

2020年07月02日 15:06

【特別寄稿/山崎伸二教授】新型コロナウイルス感染症は我々に何を教えてくれたのか(後)NEW!

 20世紀に入ると感染症の治療薬が次々と見つけられていく。1910年、自らが合成したヒ素化合物を1番から順番に調べていた秦佐八郎がドイツ人パウル・エーリッヒとともに...

2020年07月02日 14:31

【特別寄稿/西田亮介】冗長性の欠如がもたらしたもの 「民意」に揺さぶられるリスクマネジメント(後)NEW!

 不安感は不満となって顕在化する。向かった矛先の1つは政治だった。並行して、感染状況のみならず、制度や対処が違う他国の部分的な状況がマスメディアとSNSを介して人々に...

2020年07月02日 14:17

【インタビュー/玉城絵美】「リモート」のその先へ 10体のアバターを動かす世界がすぐそこに(後)NEW!

 日本では新型コロナウイルスの感染が広がる前から、〈リモートでコミュニケーションせざるを得ない社会が来る〉と、世界に先駆けて大きなプロジェクトが動き出していました...

pagetop