2024年04月17日( 水 )

中小企業の現場で実現できるのか 働き方改革の課題とこれからの展望(中)

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日本の仕事の多さは行き届いたサービスが原因?

 残業時間の削減がいわれているが、個人の能力やスキルの問題ではなく、顧客からのイレギュラーな要望に対応することが残業の大きな理由になっていることも事実だ。チップが普及している欧米とは違って、日本はサービスが無料と見られていることも、残業や人手不足の原因になっている。行き届いたサービスは日本の良いところだが、仕事のやり方を見直さなければ、今までの働き方を変えることは難しい。

 たとえば、採用や人件費などの課題が多いコンビニ業界では、人手が足りない夜間だけコンビニの販売価格を上げるなど付加価値のあるサービスに加算するのも1つの方法だろう。もし山で飲み物を買おうとすると、登山口から山の中腹、山頂と上に登っていくごとに飲み物の値段が上がっていくものだ。

 便利なものやニーズがあるサービスに付加価値を乗せる方法は、企業にとっても大切な視点ではないか。付加価値のあるサービスに加算することで、それとなく顧客にサービスの価値を使えられるため、イレギュラーな仕事を減らして現場をスムーズに進められる効果もある。

 また、どこまで日本企業で実現できるかは別だが、欧米企業はサービスレベルの基準をはっきりと決めており、サービスでミスをしないことよりも、ミスがあった時に顧客の気持ちを汲んだ手厚い対応をする方が喜ばれて宣伝効果もあり効率的という考え方もある。

 また、顧客から無理な受注を受けてイレギュラーな仕事が起こることも、職場が多忙になる原因になっている。そのため、採算や働き方のスケジュールと照らし合わせて、仕事の受注体制を決めることも必要ではないか。

 「予約の取れない寿司屋モデル」にたとえるとわかりやすい。寿司のネタと同じく、商品にどのぐらいのプレミア感があるかが大きいため、すべての企業に当てはめることはできないが、お店にある席数の範囲で客を呼ぶ仕組みだ。なかには受注条件を決めてしまう企業もあり、あるデザイン制作会社では、受注ルールに対する企業姿勢をはっきりと公表しているという。

 どこまで実現できるかは企業の経営状況にもよるが、ルールに合わない仕事はあえて受けないことやイレギュラーな対応にはチャージすることも、働き方改革に対する1つの答えではないだろうか。

 ビジネスが社会の仕組みである以上、大企業も中小企業もお互いの仕事はつながっている。理想論ではあるが、大企業も中小企業とともに繁栄しようという発想がなければこれから発展しないのではないか。

働き方改革で失われるもの、仕事のムダは本当にムダなのか

 仕事の効率化を求めるあまりに、一見「ムダ」だと思われるが実は大切なことが抜け落ちてしまうのではないかとも懸念している。

 たとえば多くのアイデアは、普段のコミュニケーションのなかから生まれている。だが、労働時間の削減や成果主義が進むと、ムダだと思われる会議や雑談が減っていく。切羽詰まった状況から起こることもあるが、オフィスで真面目に仕事しているだけではない健全なムダからも、将来の新しい事業につながるイノベーションが見つかっていることを見落すことはできない。

 さらに、人を育てるのも、組織のチームワークを生むのもコミュニケーションの力だ。大手IT企業がテレワークを進める一方で、リアルなオフィスで話し合う時間をつくっているように、ひざとひざを突き合わせて話す会議も大切だ。

 また、近年ではさまざまな雇用形態の人が企業で働くようになり、同じ企業のなかで立場の格差ができたことも飲み会を含めたコミュニケーションが減る原因にもなっている。日本企業の収益性が伸び悩むなかで、ビジネスの次の一手を考えるコミュニケーションの時間までもが働き方改革でなくなるのではないか。

 合理性を具現化したような外資系のGoogle(グーグル)でも、勤務時間の一部をあえて仕事以外のことに取り組むよう勧めている。効率化を追求する日本社会でもこの姿勢を取り入れてはどうか。これまでの日本企業にあった前向きなムダがなくなってしまった今は、外資系企業から学ぶ時代なのかもしれない。

 また、今ではコンプライアンスがあり難しくなってしまったが、これまでは企業の本業の経費や資材をこっそりと使い、社員が気になることを調べたりつくったりするヤミ研究があった。一見すると趣味とも思われるヤミ研究の成果は、その実態とは裏腹に後に大きな事業に発展してビジネスに活用されているものも多い。効率主義社会ではムダと思われることが、将来の事業につながった事例だ。

 さらには、年功序列だった社会に成果主義が普及した時のように、労働時間を短くすることで職場のチームワークが失われないようにすることも大切だろう。

 たとえば、バトンゾーンといわれる、A部署の担当でもB部署の担当でもない仕事、言い換えると誰の仕事でもなくお互いに拾いに行く仕事がどの組織にもある。だが、仕事の効率化ばかりを求めると、現場では仕事をする範囲を限定するようになるので、人と人や部署と部署の間にある仕事が断絶してしまう恐れがある。

 一見すると価値がわかっておらずムダと見られる仕事も、先の明るいビジネスに関わる大切な仕事だったとなくしてしまってから気付いたという事例もある。働き方改革に気を取られるあまり、日本社会が大切な何かをなくしていたということはないだろか。

(つづく)
【石井 ゆかり】

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