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2019年11月28日 10:15

珠海からの中国リポート(14)

福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

イランという国

 日本人のイラン観はアメリカ産のもののようだ。ロシアも中国もイランもすべて「悪」のイメージで、中国は経済力があるので無視できず、さすがにアメリカも強い批判は控えているが、それでも香港問題で中国の「隠された悪」を暴こうと必死になっている。

 そういうアメリカについて、国際政治専門の中国人教授のNはこう言った。「香港の次のターゲットは台湾でしょうね。そのうち、アメリカは台湾に火をつけて、問題化させて、そこから中国を非難することになるでしょう」

 香港問題をアメリカの対中政策に還元しきることは危険だろう。地元の人の声が全部アメリカ=メディアの捏造であるとは言い切れまい。とはいえ、アメリカの関与がないとも言い切れない。問題は簡単ではない。

 N教授はこんなことも言った。「中国メディアは共産党の声の反映、アメリカのは大資本家の声の反映。どちらがいいでしょう。人それぞれとしておきましょうか」

 この教授、文化大革命で苦しんだせいか、共産党への共感はないようだ。しかし、だからといって、アメリカに亡命したいなどとは思わなかったようだ。「アメリカは常に敵を必要とする。それだけでなく、敵を見つけたらすぐにも抹殺したがるんです。そこが私は嫌いでね。あれでは真の帝国にはなれませんよ。真の帝国は、ほかの世界に影響力をもつとしても、決して自らの世界観を押しつけない。世界の警察になろうなどとは、夢にも思わないんです」

 この言葉の裏には、中国こそ「真の帝国」だというメッセージがあった。また、中国を侵略した軍国日本も、「帝国」には到底なれなかったというメッセージも伝わってくる。しかし、それ以上に、彼の用いた「世界の警察」という言葉が心に残った。

 というのも、ちょうどその数日前、同じマンションに住むイラン人のR教授と話す機会があり、そのときこの教授もアメリカのことを「世界の警察」と言ったからだ。ありふれた表現で、日本のメディアにも出てきそうなものだが、イラン人がいうと、不思議に真実味を帯びる。

 R教授によれば、イランは多民族国家で、イスラム教国とはいえ宗派によって考え方も習慣も異なる。家族以外の異性と握手することは許されないという宗派もあれば、そんなことは気にしないでもよいという宗派もある。重要なのは神に礼拝することであり、聖句を口ずさみ、倫理を貫くことにある。そう彼はきっぱり言った。

 現在のイラン情勢について、彼は非常に憂えている。アメリカを非難する以上に、母国の政権がアメリカの経済封鎖をよりひどくさせていることを非難した。彼によると、現政権は国民生活を考えていない、アメリカに非妥協的であることを美徳としているが、政治家は民生を保つことを第一義とすべきだと。

 「反米意識をいたずらに助長させることは、国民の生活から平和を奪うことで、イスラム教の原則に反します。イラン政府はもっと国民のことを考えるべきで、国民の真の敵が腐敗した政治構造にあることを反省すべきなのです」

 中国にきて数カ月しか経っていないという点で、この教授は私と同じである。では、中国について、彼はどう思っているのか。「私にとって中国はイランが模範とすべき国です。なぜなら、中国はアメリカに屈していない唯一の国だからです。経済戦争にしたって、決してアメリカにひけをとらない。これは経済力の問題ではなく、国の姿勢の問題なんです。イランだって、その気になれば経済大国になれたはず。そうなれないのは、上に立つものが自分の利益しか考えないからです。彼らはアメリカが経済封鎖しても気にしない。豪壮な邸宅でおいしいものを食べ続けていますから」

 「それは社会主義国と、そうでない国とのちがいですか?それとも、イスラム教と関係する問題ですか?」そう私が尋ねると、彼は首を横に振った。「宗教は神秘主義や倫理の基礎となる。しかし、それが政治に絡むと、とんでもないことになるんです。私は政教分離主義者で、その点でイランの政治に不満をもっています」

 このように聞くと、どうやらイランには中国よりも言論と思想の自由があるように見えてくる。彼はいう。「イランでは、みなそれぞれ好き勝手に意見できるんです。政府の悪口、政治への不満はちまたに溢れていますよ。しかし、そういう自由がない中国では皆が満足しているように見える。これが私には不思議なんです」

 すると、それまで黙っていた教授夫人がいきなり割って入った。

 「イラン人は文句ばかり言って、国のためにならない。政府を批判したって、政府は変わらない。中国人は文句を言わないから国がうまく治まる。そして、国は人々の生活を考えています」

 私にはこの夫人の突然の発言が面白かった。言論の自由があっても政治の変わらない国と、言論の自由がなくても政治が民生を支える国。これをイスラム教と儒教のちがいに帰してはいけないだろう。

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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