2024年04月18日( 木 )

珠海からの中国リポート(18)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

中国通フランス人

 C先生は中山大学の副教授、専門は物理学である。フランスはパリの出身で、中国語が堪能。この国に住んで8年目という。授業は英語でやっているそうだが、中国語はどこで学んだのか?「パリ国立東洋語学校で」と彼は答えた。

 私もそこに務めたことがあると言うと、「いつごろか」と聞いてきた。1990年ごろと答えると、自分もそのころ同校で中国語を学んでいたという。そういうわけで、自然と話が合った。物静かで、学者肌。彼と大学近辺の静かな一角を散歩した。

 「この辺りはこの町で最も古い地域で、壊れかかった石造りの家屋が残っています。それを改造して、こういうおしゃれなカフェやレストランをつくってるんです。むろん、経営者は地元の人ではない。北京や上海、あるいは広州の金持ちが経営しているんでしょう」

 古い一軒家と見えるカフェに入り、二階に上がった。テラスから周辺の家々がよく見える。石造りの椅子に座って極上のコーヒーをすすり、C先生の現代中国論を拝聴することにした。

 「かつてはイギリスが最も防犯カメラの多い国だったんですけど、今は中国がダントツですね」と始める。「どうして、そういう風になったんですか」と尋ねると、「対米戦争のせいでしょう。中国にとって、いまは正念場。ここで負けるわけにはいかないので、国内の力を結集させなくてはならないんです」

 「でも、締めつけが厳しくなりすぎると国民が反発するのでは?」

 「それはあり得ます。表には出さなくても、不満がないわけではない。しかし、今の中国人の大半は自分たちの生活が豊かになることを切望しています。政治的には不自由でも、我慢してるんですよ。政府とて、そういう国民の生活だけは守りたい。それができないと、この広い国、いつ瓦解するとも限りませんからね」

 「それほど不安定には見えませんがね…」

 「いや、政府は社会の安定には限界があることを承知していますよ。それで気を遣ってるんです。ウィグル地区への圧力が増しているのも、その表れです。世界中の非難を浴びようと、背に腹は代えられない。それに…、いまこの国が崩れたらどうなるでしょうか。日本など、地震以上の動揺が走るにちがいないですよ。『一帯一路』でなんとか事態を乗り越えようとしているかに見えて、実は逆でしょう。国内が安定していればこそ、ああした戦略を打ち出せるんです」

 「以前に比べて生活水準が高くなっているから、当分大丈夫なのでは?」

 そう尋ねると、首を横に振った。「20代、30代の人たちは毛沢東時代を知らない。中国が貧しかった時のことを知らない。しかも、彼らは一人っ子のわがまま世代ですから、彼らが国の中心になったときどうなるか。社会主義の理想なんか消え去って、ただの権力ゲームに走るかも知れませんよ」

 話題を変えてみた。「締めつけが厳しくなったこと以外に、目立った変化はありますか?」

 これにもすぐ答えが返ってきた。「ありますよ。今の中国人は以前とちがって尊大になっている。経済力の向上、技術革新がそれをもたらしたんでしょう。インターネットの発達も影響している。彼らは共産党の言説は信じないくせに、インターネットを信じてる。そこで、政府はインターネットを活用して世論をコントロールする。その世論のなかに、『中国は偉大だ』というのがあるんです」

 「でも、そういう中国人もアメリカには一目置いてるんでしょ?」

 「そのとおり。彼らの多くがファーウェイではなく、アップルを好んでいることをご存知でしょう。自動車だって、ドイツ製でなければ日本製と決め込んでいる。つまるところ、自分たちの国はすごいんだと思いつつ、自由主義諸国にあこがれてるんです。彼らの尊大さの裏には自信のなさが潜んでる、そう思います」

 最後に聞いてみた。「中国について、ヨーロッパよりもいいと思える点は?」

 「ヨーロッパは社会的に退廃しています。帰るたびに、そう感じます。アメリカは暴力がひどく、社会保障制度がなく、日常レベルでの危険が増している。その点、中国は政府の厳重な取り締まりのおかげで国民が危険から守られてる。しかも、社会主義がどうにか機能していますから、社会レベルでの退廃は少ない・・。言論の自由にしたって、欧米の場合は人心を傷つけるような報道や画像が多いが、そういう害悪はこの国には見当たらない。そういう意味で、この国はいい国なんです」

 「なるほど、そうだったのか」と合点した。彼がこの国に長くとどまっている理由が分かったような気がした。

 とはいえ、彼が公正な判断力を持ち続けていられるのは中国のおかげではない。香港のおかげである。週末になると、必ずと言ってよいほど彼はフェリーに乗って香港へ行く。そこで英気を養って、再び珠海に戻るという生活を繰り返している。

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

珠海からの中国リポート(20)
珠海からの中国リポート(19)
珠海からの中国リポート(18)
珠海からの中国リポート(17)
珠海からの中国リポート(16)
珠海からの中国リポート(15)
珠海からの中国リポート(14)
珠海からの中国リポート(13)
珠海からの中国リポート(12)
珠海からの中国リポート(11)
珠海からの中国リポート(10)
珠海からの中国リポート(9)
珠海からの中国リポート(8)
珠海からの中国リポート(7)
珠海からの中国リポート(6)
珠海からの中国リポート(5)
珠海からの中国リポート(4)
珠海からの中国リポート(3)
珠海からの中国リポート(2)
珠海からの中国リポート(1)

(17)
(19)

関連記事