何年かかってでも責任を追及していく～久留米・指ペンチ事件（前）

2019年12月18日 14:08

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芯鋭法律事務所　　　弁護士　小山一郎氏
佐賀中央法律事務所　弁護士　古賀大輝氏

　データ・マックス特別取材班は、2018年10月に起こった「久留米・指ペンチ事件」の被害者とともに刑事事件の動向を見守っていた弁護士2人に取材を行った。取材では、本事件がなぜ傷害ではなく、暴行事件として立件されたのか、刑事裁判での野崎被告人の様子、さらには今後争われる民事事件の裁判に向けての動きについてうかがった。

被害者Nさんのために

　――Nさんとはどういう経緯で知り合い、代理人になることを決意されたのでしょうか。

　小山弁護士（以下、小山）　2018年11月末頃、市民向けの無料法律相談にNさんが松葉杖をついて1人でやってきました。その時私がたまたまNさんの応対をしたのが始まりです。Nさんの話は当初、普通では考えられないような内容だと思いました。しかし、その時のNさんの様子から、「これは只事ではないな」という感じがいたしました。

　無料相談で設けられた30分ではとても足りなかったので、後日時間を取って改めてNさんと会い、詳しく話をうかがいました。また、Nさんと一緒に警察にも行き、被害の全容を知りました。Nさんは今でも怪我の後遺症に苦しみ、満足に仕事ができない状態です。「このまま見過ごしてはならない」という想いから、Nさんの代理人を引き受けることにしました。

　古賀弁護士（以下、古賀）　私は小山弁護士から事件の概要をうかがい、一緒にやらないかと声を掛けられたのがきっかけです。

　私は主に労働問題を取り扱っているのですが、この事件についてうかがった時の率直な感想は、「酷い」の一言に尽きました。いわゆるブラック企業に関する労使問題はさまざまあり、私は労働者側の相談をよく受けていますが、使用者がここまで直接的に労働者に暴行を加え、怪我をさせるケースはほかでは見られません。私もNさんの力になりたいという想いから、小山弁護士と協力して引き受けることにしました。

実態は「傷害事件」でも立件は「暴行事件」のワケ

　――野崎被告人はNさんに度重なる暴行を加えており、程度からすれば「傷害事件」。にも関わらず、「暴行事件」で立件されたのは不可解です。これはなぜでしょうか。

　古賀　Nさんは野崎被告人から、指ペンチや右足骨折以外にも度重なる暴行を受け続けていたと思われます。しかしあまりにも暴行の回数が多く、「どの怪我がいつどこで誰にやられて生じたものなのか」など、あとから1つひとつを立証するのが難しい状態でした。

　指ペンチの暴行現場は動画を見ても明らかな傷害行為といえますが、Nさんはこの時だけに限らず繰り返し暴行を受けております。怪我を負った回数があまりにも多いため、検察官もNさんが受けた怪我が指ペンチによって生じたものかどうかという立証ができないのではないかと考え、傷害での立件を断念したと聞きました。

　怪我の程度からすれば足の骨折が一番重傷で、これだけでも十分傷害レベルといえます。しかし、怪我を負った直後から病院で診察を受けるまでの動きを見ると、Nさんは野崎被告人に止められたことから、すぐ病院に行ったわけではありませんでした。さらには病院で診察を受ける際、野崎被告人がNさんに対し、「自転車で倒れて怪我をした」と虚偽の理由を述べるよう伝えました。Nさんは医師にそう伝えており、病院側も「Nさんが自転車から倒れて怪我をした」と述べた旨の診察記録を残しております。

　こうしたやり取りなどから、因果関係を立証することが難しく、いずれも傷害事件としての立件ができなかったものと思われます。

＜プロフィール＞
小山一郎（こやまいちろう）　
　1969年1月21日東京都生まれ。神戸大学卒（専攻：数学、後に法律学）。2004年弁護士登録（司法修習57期）。佐賀県弁護士会所属。市川法律事務所、佐賀中央法律事務所に勤務後、2013年に佐賀県鳥栖市に芯鋭法律事務所を開業。現在まで労働、労災紛争、交通事故紛争を中心に扱う。
所属団体は九州アスベスト被害対策弁護団、鳥栖石綿国賠訴訟弁護団の各事務局長、日本労働弁護団幹事（佐賀県）ほか。