2024年04月26日( 金 )

【伊藤博敏のニュースwatch】ゴーン逃亡で露呈した刑事司法の歪みと課題(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

 令和元年の大晦日に発覚したカルロス・ゴーン被告の海外逃亡は、法務・検察に最大級の屈辱を与え、日本の主権が侵された重大な事態である。令和2年は、レバノンに逃れたゴーン被告の身柄引き渡しに注力する一方、保釈制度の在り方を含め刑事司法全体を見直さなければならないだろう。

 逃亡後にゴーン被告は、「裁判から逃れたのではなく、不公正さと政治的な迫害から解き放たれた」と、手前勝手な声明を出した。逃亡のためにプライベートジェットをチャーター、米陸軍特殊部隊出身の専門家を雇い、組織的な日本脱出に成功したという。

 今後、日本、トルコ、レバノンなどの協力者が明かされ、逃走の様子やルートが判明するだろう。早くもプラベートジェット経由地のトルコでは、パイロットなど5名が逃亡を手助けしたとして逮捕されている。

 すでに、法務省の要請に基づいて国際刑事警察機構(ICPO)が、1月2日、レバノン当局に国際逮捕手配書を出した。それに基づき事情聴取は行うが、ゴーン被告を「最も成功した世界的ビジネスマン」として英雄視するレバノンは、「日本に身柄を引き渡すことはない」(セルハン法相)と、表明している。

 20数億円ともいわれる逃走資金を用意、数カ月の期間をかけて準備、数々の協力者を得たうえでの逃亡劇だった。トルコの例に見られるように、協力者・関係者の逮捕など、今後、想定される数々の犠牲の上に成り立っているが、ゴーン被告はそれを金銭で解決できるだけの特権階級である。

 日本でゴーン被告が裁かれようとしていたのは、地位利用の「日産私物化」だった。約91億円の報酬を過少申告、中東の友人にCEOリザーブという特別枠のなかから報奨金を支払い、自分が実質的に支配する会社に還流させたという。

 検察のすべての起訴に対し、ゴーン被告は無罪を主張。今年4月頃から予定されていた公判で戦うことなく逃走した。これまで、弘中惇一郎弁護士など弁護団を通じて、あるいは、昨年4月9日、自ら語りかけた動画のなかで繰り返した主張が、今回の逃亡劇と同じく、「日産の帝王」と化した自分の地位と権力を利用した勝手な論理に基づくものであることを証明した。

 それでもなお、ゴーン被告が日本の刑事司法制度の歪みを突き、検討課題を残したことは、率直に認めねばならないだろう。逃亡は認められないが、そうさせてしまった以上、我々は「超」のつく著名な外国人であるカルロス・ゴーン被告を逮捕して勾留、保釈して国外に逃げられてしまった過程に、何らかの教訓を得なければならない。

 日本の刑事司法にどんな歪みと課題があるのか。単純化すれば、以下のようになる。

 まず、内外から批判されることの多い「人質司法」の歪みは認めるべきである。次に、その批判を避けようと、ゴーン被告を早期保釈すると、海外逃亡されてしまう警備体制のお粗末さは指摘すべきだろう。また、ゴーン被告のような重要人物を逮捕するのに、施行されたばかりの「司法取引」を使うのが適切だったかどうかの検証が必要だ。さらに、想像以上の威力だった「司法取引」という武器を用いたのに、「人質司法」は手放さない検察の捜査手法は身勝手ではないのか。

 検証するために、18年11月の逮捕から始まったゴーン事件を振り返りたい。

 事件は国策として始まった。きっかけは、ルノーの筆頭株主である仏政府が、ルノーと日産を統合し、日産を完全な傘下企業にすることで、仏の雇用改善など意に沿う企業にしたかったことである。

 99年、経営不振に陥った日産を救済するためにルノーが日産に経営参画。日産の資本は厚みを増し、指揮を執ったゴーン被告によって徹底的に無駄を省いた改革が断行され、「V字回復」が成し遂げられた。

 しかし、その後、親となったルノーは成長せず、生産、技術、資本、利益とあらゆる面で日産が優位に立ち、ルノーを支えている。その逆転現象を資本・経営面で改めようと、マクロン政権は経営統合を模索。18年1月の段階で、ゴーン被告に対し、同年6月に改選期を迎えるルノーCEOの座を、22年まで認める代わりに経営統合に前向きに取り組むことを約束させた。経営統合の方針は、仏政府によって、日本政府にも伝えられた。

 危機感をもった日産は、一部経営幹部が中心となり、18年3月頃からゴーン被告の不正を調査するプロジェクトチームが編成された。狙いは、ゴーン排斥による統合の阻止である。その過程で判明したのが、役員報酬の虚偽記載やCEOリザーブの還流、世界各国での会社資金を使った自宅の取得など、ゴーン被告の日産私物化の数々である。

(つづく)
【伊藤 博敏】

(中)

関連記事