2024年04月19日( 金 )

新型コロナウイルスと同調圧力、そして忖度(空気)(後)

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大さんのシニアリポート第86回

 新型コロナウイルスが流行しはじめて数週間。私の周囲にもさまざまなかたちで問題が表面化しはじめている。「同調圧力」である。私が運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)にも冷たい視線が降り注ぐ。「ぐるり」は高齢者の居場所である。疾患をもつ高齢者が少なくない。カラオケともなると、33平米の狭い空間に20人を超す高齢者で身動きがとれない状態。新型コロナウウイルスに感染し重症化しやすい典型的なパターンなのだ。でも、そう簡単には閉めることができない事情があるのだが…。

 思えば、「ぐるり」の立ち上げはあくまで私自身の勝手な思い込みからスタートさせたのだ。現在住んでいる公的な住宅の集会場で、自分の思う「居場所」を展開することに限界を感じていた。そこで、隣接するURの空き店舗を借りて再スタートさせた。2013年年末のことである。

 住民が一緒に集うことで、孤立を防ぎ、孤独死からの回避を目論んだ。社協からの支援の条件は、「最低月2回以上の実施」なのだが、「好きなときに開いているのが居場所」という思いから毎日オープンさせた。しかしこれは表向き。実情は毎日入る「日銭」がほしかったのだ。開けていても閉めていても家賃はかかる。それなら、毎日開けて日銭を稼ごう。それでも当初は維持するだけで精一杯の状態だった。

 転機は現スタッフMさんが持ち込んだカラオケの機材だった。さらに偶然スナックを閉めるという店のオーナーからBOSE社製の高性能のスピーカーをいただいた。Mさんが持ち込んだカラオケ用のアンプとの相性抜群。実にいい音で鳴りきる。室内用の大きなモニターのほかに、歌い手専用の小型モニターを特設のステージにセット。ミラーボールまで取りつけた。まるで街中にあるカラオケボックスである。たちまち噂が広がり、カラオケ好きが集まりはじめた。来亭者の希望で、週2回が3回になり、4回に増えた。間違いなくカラオケ屋なのだが、正直これで運営が楽になった。

 残りの曜日も、「子ども食堂」や「IT茶話会」(インターネットをスクリーンに映し出し、昔の風景を見ることで当時に思いをはせる「回想法」)、「トコろん元気百歳体操」(手足に錘を負荷して筋肉を鍛える)、「ユニバーサル・スポーツ」(老若男女、障害者も健常者も一緒にやるスポーツ。「ぐるり」では「ボッチャ」(赤と青のボールを白い「的球」にできるだけ近づける競技)に取り組み、来亭者が増えた。「映画観賞会」も復活させた。それに社協の相談員による「よろず相談」、障害者施設のパン販売。懇意にしている葬儀屋の「就活相談会」。そのほか通常の「茶話会」(おしゃべりの会)などが1カ月のカレンダーを埋め尽くしている。それが全部白紙になった。そして無収入になった。

 近くのスーパーに人が並びはじめたのは、「ぐるり」を閉めて間もなくだった。それがトイレットペーパーを買い求める人たちだと気づいた。マスクがドラッグストアなどから消えたことは、それ以前から知ってはいた。トイレットペーパー以外にも、米、レトルト食品、総菜品などが店の棚から消えた。まるで昭和48年の「オイルショック」の悪夢を見ているようだ。ひたすら並ぶ人たちを見て正直あさましいと思った。醜いとも思った。我が家ではあえて並ぶことを拒否した。幸いなことに、知人がマスクもトイレットペーパーも差し入れしてくれたので当座の心配を回避することができたのだが、さし迫った状況になれば、私もあさましい集団の一員になるのだろうか。

 政府は「マスクもトイレットペーパーも十分にある」を連呼するが、店頭に品物がない状態を知った消費者は、とりあえず買いに走る。「予知不安」がそういう気持ちをより一層際立たせることは間違いない。「学習能力があるのが人間だ」と偉い人はいうが、「学習しないのが人間」「人はどこまでも自分勝手」だと私は本気で思っている。

 各地で起きる地震、津波、天災、原子力、戦争…。過去の歴史が証明しているにもかかわらず、人は同じことを平気で繰り返す。地域のコミュニティや集団の同調圧力には沈黙し、権力者への忖度、空気を読む術にはますます磨きがかかり、自己保身に走る。そういう私も周辺の空気を読み「ぐるり」を期限付きながら閉じた。「世界は滅びのスパイラルに入り込んでいる」などと格好いいことをほざく前に、4月以降の運営費をいかに捻出すればいいのか。新型コロナウイルスをうらんでも仕方がないのだが…。

(了)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

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