2024年03月30日( 土 )

暮らしと経済を殺す病~「恐怖と不安」のパンデミック(前)

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 大衆を動かすには、知恵ある者の知性に訴えるのではなく、愚か者の感情に訴えろ――アドルフ・ヒトラー(1889~1945)。大衆のほとんどは愚か者であるがゆえに、その行動がいかに非知性的であり非合理的であったとしても「常識」として社会に浸透することがある。かつてヒトラーが見抜いた大衆論がいまだ有効であることを証明するような事態が2020年の現在、世界中で起きている。

■中国・湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎

 不安と恐怖を煽ることで、人間を自由に操ることができる。ヒトラーは大衆心理を知り尽くし、心理学に基づいた巧妙なプロパガンダを徹底することで国民を魅了し、扇動し、そして破滅へと導いた。

 今回の新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって明らかになったのは、人類がいかに未知の物に対する恐怖に脆弱なのかということにほかならない。恐怖が蔓延することで社会、経済、そして政治すら左右されてしまうというヒトラーのプロパガンダの「正しさ」を証明するような事態が2020年の現代日本、そして世界で相次いでいる。

 新型コロナウイルスは19年12月ごろに、湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎患者から検出された新種のコロナウイルス。コロナウイルスはこれまで人間が罹患する風邪ウイルス4種類と、動物から感染する重症肺炎ウイルス2種類が報告されていた。今回の新型コロナウイルスは感染力が非常に強いことと、とくに特定疾患をもつ高齢者において重篤化する傾向があることなどが報告されているのみで、実態はまだ解明されていない。その発生経路も特定されておらず、治療法も未開発だ。

■トランプ大統領が「オリンピック延期」に言及~広がる波紋

 日本国内の武漢渡航歴のない1例目は60代男性だった。1月に「悪寒、咳、関節痛」で医療機関を受診したところ各種検査では異常なし。経過観察後に症状が悪化し、再検査して肺炎であることがわかった。さらにこの男性が武漢市からの旅行者と接触があったこともわかってPCR検査し、新型コロナウイルスの感染が判明した。以降は海外渡航歴がない感染者も増えており、市中感染によって感染者が増えることや、検査体制が整わないなかで感染に気付かないまま感染を広げる「スプレッダー」の発生も危惧されている。

 厚労省の発表によると、3月18日時点で国内の感染者数は907人(患者805人、無症状病原体保有者100人、陽性確定例2人)。さらに、空港検疫で患者1人、無症状病原体保有者6人が確認されており、合計すると914人。新型コロナウイルスに感染したことが原因とみられる国内での死亡者は31人まで増えた。このほか、横浜港に停泊していたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」では乗員・乗客712人の感染が確認されている。ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染が発生したことについては、日本政府の対応に国内外から批判が相次いでいた。

 WHO(世界保健機関)は3月11日、09年の新型インフルエンザ流行以来となる「パンデミック(世界的流行)」を宣言。新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大していること、さらに拡大阻止に向けた効果的な対策をとれていないことを認めたかたちだ。

 欧州ではイタリアなどで爆発的ともいえる拡大をみせている。中国以外での1日の新規感染者は約4,600人と、中国の約300倍に達した。WHOによれば、感染者数は118カ国・地域で12万5,000人に迫っている。感染者が増え続けているアメリカのトランプ大統領が12日に「オリンピックの延期」に言及するなど、「新型コロナ禍」はまさに地球規模で社会、経済活動に大きな影響を与え続けている。

■ネット時代の感染症拡大~「恐怖」の伝播

店頭から姿を消したマスクや消毒液
店頭から姿を消したマスクや消毒液

 今回の「新型コロナ禍」は、感染症の恐怖に加えて誤った情報が即座にネットで拡散する、「恐怖拡散時代」であることをとくに印象づけている。中国では武漢市全体が隔離状態になって情報が制限されたことから疑心暗鬼が広がり、「武漢市内の状況」などと銘打たれた街中に死骸が並ぶ写真や、病院内の凄惨な様子などの動画がSNSなどで拡散。新型コロナウイルスの脅威や恐怖を必要以上に煽る結果となった。

 不安と恐怖は消費活動にも影響を与えた。国内においては感染を防ぐためのマスクや消毒液などが店頭から姿を消し、1970年代のオイルショック時と同様にトイレットペーパーの買い占め騒動が相次いだ。オイルショック時と違うのは、ネットのフリーマーケットやオークションサイトなどを利用した転売目的の買い占めが後を絶たなかったことだ。情勢不安や人々の不安心理につけ込んだ新しいかたちの「ビジネス」とも称され、批判を浴びると同時にネット取引の分野において一定の条件下で規制が必要なことも問題提起されている。

 2月27日に安倍首相が全国の公立小中学校と高校、特別支援学校の一斉休校を要請したことも、国民生活に混乱を与えた。共働き世帯が増えるなかで、何ら支援もないまま子どもを自宅に残したまま働くことを強いられたかたちで、インスタント食品などの買いだめや品薄状態も続いた。

(つづく)
【特別取材班】

(後)

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