2024年04月16日( 火 )

【インタビュー/玉城絵美】「リモート」のその先へ 10体のアバターを動かす世界がすぐそこに(後)

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H2L(株) 創業者
早稲田大学大学院創造理工学研究科 准教授
玉城 絵美

 強力な感染力をもつ新型コロナウイルスは、人間が慣れ親しんできた「働き方」に対しても極端な転換を迫った。可能な限り人と人が交わらず、会話すら避けながら成果を生み出す働き方――不可能にも思える「無理難題」の実現に早くから取り組んできたのが、玉城絵美准教授が創業した(株)H2Lだ。同社は4月、「ポストコロナ社会を構築するベンチャー」にも選ばれ、その先見性と技術力が注目を集めている。玉城准教授が目指すのは場所や時間に縛られない生き方。リモートワーク技術が社会に実装されたそのずっと先で待っているのは、玉城准教授が10代のころ病床で夢見た「どこでもドア」の世界だ。

10体のアバターを駆使して働く未来~ムーンショット目標

 ――社会を変えるような技術的変化は、どれくらいのスパンで起きるのでしょうか。

 玉城 もうこれ以上新型コロナ・ショックのようなパンデミックが来ないという前提で話すと、確実にあと5年以内には大きな変化があると思います。日本では新型コロナウイルスの感染が広がる前から、〈リモートでコミュニケーションせざるを得ない社会が来る〉と、世界に先駆けて大きなプロジェクトが動き出していました。内閣府が所管して昨年発表した「ムーンショット型研究開発制度」のムーンショット目標の1つで、「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現する」というものです。いろいろな研究者が今後はリモートワークが必須になるだろうということで一致して、莫大な予算がつけられました。

内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」が提唱する、
サイバネティック・アバター生活(内閣府HPより)

 ――少子高齢化がこれ以上進むと、日本の産業構造自体も変わらざるを得ないという危機感も反映されているのでしょうか。

 玉城 少子高齢化に関連していうと、ムーンショットではたとえば「1人で10体以上のアバター(avatar/分身)を動かして働く」という目標があるんですね。つまりリモートで、かつ10体の分身を動かして10倍の成果を生み出すことを目指しているわけですが、これによって超少子高齢化社会であっても生産力を下げない社会をつくり出そうと。私自身の研究内容はこの方針とほとんど同じなのでやることは変わらないのですが、私以外の研究者や企業さんの研究方針が変わってきて、リモートワークやビジネスに関する研究開発がすごく盛んになってくると思います。

 ――これから必要とされる能力が変わると、教育内容も変わらざるを得ないですね。

 玉城 リモートワークに関する働き方をどう受け入れていくのかというのは教育の大きな課題です。たとえば、いま日本ってコンピュータが得意な人がすごく少ないんです。プログラミングできる人はもっと少なくて、AI人材が何万人も足りないといわれています。では海外はどうかというと、先進国は基本的にコンピュータを使えることがデフォルト(標準)になっていて、20代はもちろん10代の子どもたちですら自在にパソコンを使うようになっています。

玉城 絵美さん

 日本の大学生は入学したときにブラインドタッチが苦手な学生が意外に多いのですが、その子たちが生まれた2000年ごろって「コンピュータが使えないと仕事がなくなる」っていう未来は見通せてなかったと思うんです。じゃあ、いまから10年先に「リモートワークする能力がないと仕事がない」っていう未来がやってくることを、私自身は確信しているんですけれど、現在の日本の教育プログラムにはリモートワークを前提とした内容が組み込まれていません。現場の声を聞いても、日本の教育プログラムに組み込むには難しい問題がたくさんあるようですね。アバター10体を動かす訓練を義務教育に組み込むのはまだできないので、民間の塾やロボット教室とか、あるいは本人が科学技術館とかに行って学ぶという自主的な取り組みに任されているのが日本の現状です。そうなると国際的な競争社会になったときに危ないのではないか、ちょっと心配ですね。

 リモート社会が進展すると人と人の交わりがなくなるのではないかと危惧する方もいますが、それはコミュニケーションをどう捉えるかで見えるものが違うと思います。たとえば私の指導学生さんは20代後半の方が多いのですが、すごく極端なんですよ。ある子はものすごくたくさんの人と物理的に会っていて、わざわざ北海道まで行っていっしょにお酒を飲んだりする。別の子は人に直接会うのが苦手で、電話すら嫌なんだけれど、インスタグラムでは世界中の人とコミュニケーションしている。じつは、どちらも「人とつながっている」のは同じで、つながり方の選択肢が格段に増えたことで選べるようになったんです。ある意味、これまで選択肢がなかった人にとってはつながる場が増えているのではないかと思います。

(了)


<PROFILE>
玉城 絵美

H2L(株)(H2L Inc.)創業者/早稲田大学大学院創造理工学研究科 准教授/人間とコンピュータの間の情報交換を促進することによって、豊かな身体経験を共有するBody SharingとHCI研究とその普及を目指す研究者兼起業家。2011年にコンピュータからヒトに手の動作を伝達する装置「Possessed Hand」を発表。分野を超えて多くの研究者に衝撃を与え、CNNやABCで報道。米『TIME』誌が選ぶ50の発明に選出。同年には東京大学で総長賞受賞と同時に総代を務め博士号を取得。2012年にH2L,Inc.を創業、2015年にKick Starterにて世界初触感型コントローラ「Unlimited Hand」を発表し22時間で目標達成。内閣府総合科学技術・イノベーション会議で総合戦略に関する委員も務める。新たなBody Sharingの研究プロダクトである「FirstVR」は、NTTドコモ5Gとの連携を2019年に発表。Possessed Hand、Unlimited Hand、FirstVRは、基礎から応用まで多くの研究者に利用されると同時にBody Sharingサービスへと展開している。

(中)

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