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2020年07月02日 15:06

【特別寄稿/山崎伸二教授】新型コロナウイルス感染症は我々に何を教えてくれたのか(後)

大阪府立大学大学院
生命環境科学研究科 感染症制御学領域
教授 山崎 伸二

ペニシリンの発見と新興感染症の脅威

 20世紀に入ると感染症の治療薬が次々と見つけられていく。1910年、自らが合成したヒ素化合物を1番から順番に調べていた秦佐八郎がドイツ人パウル・エーリッヒとともに606番目のヒ素化合物が梅毒に劇的な効果を示すことを発見した。1928年には、イギリス人医師アレキサンダー・フォン・フレミングが黄色ブドウ球菌を培養していたシャーレに青カビをコンタミ(汚染)させた。しかし、注意深い観察から青カビの周辺だけ黄色ブドウ球菌が増殖していないこと気づいた。すなわち抗生物質、ペニシリンの発見である。その後、セルマン・ワクスマンによるストレプトマイシンの発見へと続き、結核も不治の病ではなくなった。今日では、AIDSを含めさまざまな抗ウイルス薬も開発されている。

 このように、人類は幾多の危機を鋭い観察力と粘り強い研究によって乗り越え、感染症と闘う武器を次々と手にしていった。そして1980年、古代から多くの人命を奪ってきた天然痘撲滅までたどり着いた。しかし、感染症との戦いは決して終わらなかった。20世紀から21世紀にかけては、動物が感染源となる新興感染症を突きつけられることになった。

 2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)が中国広東省で発生し、香港、台湾、北米、シンガポール、ベトナムに広がった。不思議なことに当時のSARSは1年もかからず終息した。1つ考えられることは当時の中国は今ほど経済力がなく、中国人共同研究者を日本に招聘するだけでもVISA申請に多くの書類と時間を要していた。また、LCCもなく、世界における人や物の移動も現在ほど活発でなかったということだ。近年は、中国人のみならず多くのアジア人は短期旅行者ならVISAも免除され、中国の一帯一路政策で多くのヒトや物が中国から世界に向けて移動している。このような最中、COVID-19によるパンデミックが起きた。

「ワンチーム」で強い社会を構築する

 歴史的に見てもヒトと物の移動が活発になったときに感染症が流行し、パンデミックが起きてきた。まさに「歴史は繰り返す」である。しかし、歴史が繰り返すならば人類は今回の困難も乗り越えて、新たな感染症と闘う術を見出せるはずである。実際、今回の感染症の封じ込めに成功した国や地域から学ぶことは多い。

 たとえば台湾ではCOVID-19の感染者は500人以下、死者は7名に抑えることに成功した。その背景には、情報をいち早く収集・共有し、素早い国境封鎖、IT技術の活用とPCR検査の徹底がある。我が国では感染症関連の予算は削減され、研究者を含む専門家は激減した。その代償が今回露呈した保健所の機能低下、PCR検査を行える人材・施設の少なさである。さらに、感染症に対する偏見や差別の問題も表面化した。感染症は誰もが罹り得る病気であり、差別、偏見は何の助けにもならない。医療関係者を含め最前線で身を挺してCOVID-19と闘ってくれている人々に感謝と敬意を評すべきである。人の精神までコロナに侵されてはならない。

 一方、経済も重要である。コロナ患者の命を救っても、失業者が増えて経済的理由で命を落とす人が出ては意味がない。経済活動を復活させるためには集団免疫をいかに獲得するかが重要であり、ワクチンの開発は急務である。今スウェーデンが行っている大きな社会実験を注視して行く必要がある。ロックダウンで感染者を減らせても、集団免疫を獲得しない限り第2波、第3波を恐れなければならず、根本的な解決にはならない。

 今回、COVID-19は我々にさまざまなことを教えてくれた。何気ない日常がいかに幸せなことであったのかを。あわせてグローバル化による目先の利益追求の経済活動の行き過ぎに対しても警鐘を鳴らした。我々は感染症に永遠に勝つことはできない。しかし、負けるわけにはいかない。今一度、江戸時代末期の天然痘と闘った歴史に学び、医療関係者、研究者、経済界、政界、行政機関そして一般市民がワンチームとなり、COVID-19を含め今後見舞われるであろう感染症との戦いに臨む決意が必要である。

 グローバル化は止めることのできない世界の流れである。しかし、それを遂行するには直接利益につながらない「負の投資」も考えねばならない。資源の乏しい我が国は人材育成に力を注ぐべきである。21世紀の新しいテクノロジーを駆使しつつ、感染症に強い社会を構築して行くことが今我々に課された課題である。新たなパンデミックが起きた際「日本に学べ」と言われるような歴史を築くためにも。

(了)

<PROFILE>
山崎 伸二

1984年 神戸学院大学薬学部卒業、大阪大学大学院薬学研究科、東京大学大学院医学系研究科、京都大学大学院医学研究科を経て、89年京都大学助手、91年医学博士(京大)、95年国立国際医療研究センター研究所室長、 2001年大阪府立大学大学院農学生命科学研究科教授。1991年-94年ドイツ国立動物ウイルス病研究センター、1998年-2000年インド国立コレラ及び腸管感染症研究所、2017年-19年大阪府立大学学長補佐、日本細菌学会理事、日本食品微生物学会理事、AMED日米医学協力研究会コレラ部会  部会員、AMED J-GRID プログラムオフィサー等を務める。

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