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2020年08月12日 10:00

「新型コロナ」後の世界~大学の本来あるべき姿を考察する!(7)

東京大学大学院情報学環 教授 吉見 俊哉 氏

 新型コロナウイルスは「世界の軌道」を止めた。私たちは今避難を余儀なくされ、物質的な考えを止めさせられ、自分が生きることだけを考えている。そして、このことは、これまで私たちが地球に行ってきた環境破壊がもたらした大洪水、ハリケーン、竜巻、海洋汚染、氷山崩壊などと同じで、貪欲な資源獲得の争いや終わりのない戦争の結果であることに気づき始めている。
 一方で、世界が一度止まったことで、私たちは自分の人生で大切なものは何かを考える時間ができた。今後、大学はどのような役割をはたしていくべきなのだろうか。

 東京大学大学院情報学環・教授の吉見俊哉氏に聞いた。ちょうど新型コロナ騒動直前の1月末に吉見教授がオックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏と共著で出版した『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)が今注目を集めている。それは、同書がまるで世界が一度止まることを予期していたかのように、日本はのみならず世界中の大学が抱える根本的な問題をあぶり出しているからに他ならない。

高レベルのリベラルアーツを学んでいた旧制高校

 吉見 さらにGHQは、旧帝国大学(研究と教育を備えた大学院)を新制大学に転換させます。ここで2度目のボタンの掛け違いが起こりました。旧帝国大学の研究教育を大学院レベルと評価しなかったGHQは、日本にはきちんとした大学院がないと考え、新制国立大学の学部(ファカルティ)の上に大学院研究科を充実させていくべきと考えました。結果的に、日本の高等教育は「屋上屋を重ねる構造」となってしまったのです。

 このとき、東大などの新制国立大学の多くは、旧帝国大学の学部で今まで続けてきた大学院レベルの教育研究を捨てたくなかったため、それらを新制大学の後期課程に位置づけていきます。つまり、新制大学は4年間の教育課程のなかに、旧制高校の「リベラルアーツ」教育と旧帝国大学の専門教育の両方を含みこまなくてはならなくなり、さらに屋上屋を重ねる方法で新制の大学院課程が設置されていったのです。

 このボタンの掛け違いを改めるチャンスは1990年代の教育改革で何度かありましたが、残念ながら今まで修正できていません。つまり、戦後の高等教育では「リベラルアーツ」教育は戦前以上に貧弱になり、専門教育は学部後期課程と大学院課程に二重化されたのです。このことを、大学が抱える問題点として「複雑骨折」と表現したのです。今後、大学教育改革を行う時は、もう一度原点に戻って、「カレッジ」「ファカルティ」「ユニバーシティ」という3つの機能を満足させる方向に進むことが望まれます。

大学は複眼的な学びの場にしなければならない

 ――ボタンの掛け違いは何とか修正したいものです。ところで、吉見教授が本書で「文理融合から文理複眼へ」と主張していることについて、解説をいただけますか。

 吉見 私は、日本の大学が「どこに進んでいくべきか」という問いに対して、1つの重要な方向性として「大学を複眼的な学びの場にしなければならない」と考えています。言いかえると「宮本武蔵の二刀流」を実現するという意味ですが、1本の長い刀よりも、長短2本の刀で戦うほうがいかなる相手にもフレキシブルに対応ができることが理由です。

 この考え方は、複雑化、流動化した現代社会に応用できます。しかも、この「二刀流」主義は、米国の大学では当たり前のことなのです。米国の大学でもっとも多いのは、メジャー(主専攻)とマイナー(副専攻)を組み合わせるもので、さらに異なる主専攻を同時に履修するダブルメジャー(二重専攻)制もあります。理系と理系、文系と文系でもいいのですが、もっともクリエイティブで効果的なのは、理系と文系の組み合わせです。医学を主専攻にしている学生が副専攻で哲学を学ぶ、コンピュータ・サイエンスを主専攻にしている学生が副専攻で知的財産権を学ぶ、環境科学を主専攻にしている学生が、副専攻で中国の歴史を学ぶなどの例があり、主専攻と副専攻を逆にして学ぶこともできます。

マイナー科目の「哲学」は黄金カードとして復活する

 吉見 学生たちは、今の大学制度では1つの専攻を選ばなければならないため、就職や将来の生活のために、手堅い医学や工学を選択する学生も多いのではないかと考えています。しかし、知的好奇心の高い学生であればあるほど「本当は哲学や文学や歴史が好きだ」と考えている学生が多いのではないでしょうか。そういう学生の知的好奇心の満足のためにも、複眼的に学べる制度が最適なのです。

 実学的・工学的で直接、社会の役に立つ知は、人文社会系の長く役に立つ知との二刀流となる仕組みができたとき、その有用性が十分に発揮されるからです。「リベラルアーツ」の根幹でもある「哲学」は、今は単独では潰しが効かないと思われ敬遠されていますが、日本の大学がこの制度を導入したら、マイナー科目としては、大人気の「黄金カード」になることは間違いありません。工学と哲学、医学と哲学、経営学と哲学、コンピュータ・サイエンスと哲学と、すべての学問に有効です。

 「とりあえず就職して、安定的な給料をもらえる立場に就きたい」「5年、10年先のことを考えなければならない」という学生の気持ちはよくわかります。哲学、歴史学などは、何千年という射程距離のとても長い学問のため、そこにすべてを賭けるわけにはいかないかもしれません。しかし「数千年の人類の歴史や、人類が考えてきた知恵」を学びたいという気持ちは、高い知的想像力をもっている学生であれば必ずあります。そして、究極的には、大学とは、本来その知恵を学ぶところなのです。

(つづく)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
吉見 俊哉
(よしみ・しゅんや)
 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授 兼 東京大学出版会理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。
 2017年9月~18年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』(河出書房新社)、『博覧会の政治学』(講談社)、『親米と反米』(岩波書店)、『ポスト戦後社会』(岩波書店)、『夢の原子力』(ちくま新書)、『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』(集英社新書)、『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)、『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)など多数。

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