2024年07月13日( 土 )

【コロナで明暗企業(3)】日本たばこ産業(JT)が日本から脱走(3)

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 「庇を貸して母屋を取られる」。自分の所有物の一部を貸したがために、ついにその全部を奪われるという意味(広辞苑)。日本たばこ産業(JT)は本社機能をスイスに移転する。たばこ事業は、国内はJT本社、海外はジュネーブに拠点を置くJTイーターナショナル(JTI)が担ってきたが、来年1月以降、国内事業もJTIの傘下に入る。JTは買収した海外のたばこ会社・JTIにのみ込まれる。「庇を貸して母屋を取られる」格好だ。

買収したJTIに日本流を押し付けなかった

 2006年6月、木村宏氏が5代目社長に就いた。1953年生まれ、山口県出身。76年に京都大学法学部を卒業後、旧・日本専売公社(現・JT)に入社。主に経営企画畑を歩き、経営企画部長としてRJRI買収の交渉窓口に立ったことは前回述べた。

 その後、買収したRJRIを事業統合するため、JTは海外たばこ事業を管轄するJTインターナショナル(JTI)をスイス・ジュネーブに設立。木村氏は日本人トップの副社長として現地に赴任した。

 JTは典型的な内需型企業で、世界で通用する人材はいなかった。木村のジュネーブ時代の最大の功績は、日本人に依存しないグローバル化を進めたことだ。東京本社が侵食してこないように防波堤役を担った。これが、JTIが稼ぎ頭に生まれ変わる転換点となった。『日経ビジネス』(10年8月23日号)はこう書いた。

 「赴任前に訪問したトヨタ自動車の張富士夫(当時社長)からも『東京の本社に気をつけなさい』とアドバイスされていた。その忠告が現実となる。

 本社の各部署から『銀行はこの銀行とつき合え』『主力ブランドは東京でマネジメントする』と、現地事情を知らず責任も取らないのに勘違いをした指令を送ってくる人がたくさんいた。対応窓口を一本化し、JTIとJT本社が判断する役割分担を決めていった。

 当初は現地経営陣を総入れ替えする声もあったが、木村はこれにも耳を貸さず、出自にこだわらない人事を実施した。(中略)17人いる取締役のうち日本人はわずか2人。ほかにドイツ、イタリア、カナダなど役員の国籍は12カ国におよぶ」。

 木村氏はスイスに日本流のやり方を持ち込まず、現地のマネージャーの士気を高めるために大幅な権限譲渡を行った。その結果、07年には、たばこの販売数量に占める海外売上の割合は7%から57%を占めるまでになり、国内を上回った。海外事業であるJTIの成績が評価され、木村宏氏は社長に指名された。

世界5位の英ギャラハーを2.2兆円で買収

 06年11月28日、東京・虎ノ門のJT本社役員室で取締役会が開かれた。「英国ギャラハーを買収することになりました。我々に買収の意向があることを先方に正式に伝えたい」。社長・木村宏氏が買収案件を切り出した。

 買収話が寝耳に水という役員もいた。しかも買収金額は2兆円超。RJRIの買収金額の倍以上という気が遠くなるような数字だ。取締役たちが驚愕したのも無理もなかった。

 翌年4月、ギャラハーの買収手続きを完了した。純有利子負債を含めた買収総額は、日本企業で過去最大の約2兆2,530億円に上った。

 買収、合併、業務提携など、企業間の合従連衡にはさほどサプライズを感じさせない昨今であるが、斜陽のたばこ産業による2兆円超の買収は驚きをもたらした。世界3位のRJRナビスコの買収額は9,400億円だった。世界5位のギャラハーの買収額は、その2.4倍の2兆2,530億円だ。どうして、このような高額な買収をしたのか。

 ギャラハー買収で、社長・木村宏氏とともに中心的役割を果したのが、海外子会社JTIの副社長・新貝康司氏だ。海外事業の日本人トップである。

 新貝氏はメディアの取材に、「せこい交渉はしなかった」と答えている。買収がほぼ決まりかけていた06年12月、新貝氏が一番懸念していたのは、買収手続きが完了する直前にライバル社に横取りされるパターンだ。「鳶に油揚げをさらわれる」ことを防ぐのが、2兆円超の買い物の本音であった。

米レイノルズの米国外事業を6,000億円で買収

 12年6月、小泉光臣氏が6代目社長に就任した。57年生まれ、神奈川県出身。81年に東京大学経済学部を卒業後、日本専売公社(現・JT)に入社。父親も専売公社の職員で、2代続けての専売公社マンだ。民営後は経営企画畑を歩いた。

 小泉氏が社長時代の15年9月、米国たばこ大手レイノルズ・アメリカンが手がけるブランド『ナチュラル・アメリカン・スピット』の米国外の事業を買収すると発表した。買収額は約6,000億円。年間売上高176億円にすぎないのに、6,000億円の買収額は高すぎると批判された。JTによる海外たばこ企業への大型M&Aは、07年の英国ギャラハー以来8年ぶりだ。

 米国では健康被害に関する訴訟で莫大な損害賠償を求められるリスクが高いため、米国の紙巻きたばこには手を出さなかった。

(つづく)

【森村 和男】

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