2024年05月02日( 木 )

ユニクロの米国輸出差し止め問題~米中の覇権争いに巻き込まれる企業(後)

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 米中両大国の覇権争いの渦中に第3国の企業が否応なく巻き込まれるようになった。米国当局は先月、ユニクロの男性用シャツについて中国・新疆で強制労働によって製造された疑いがあるとして、1月に輸入を差し止めていた。
 米国は2019年から中国の一部IT、AI企業に対して「新疆の人権侵害に加担している」として規制を加え、自国の政府機関・企業に対しても製品の使用と取引を控えることを求めてきたが、それが米国と取引をする海外の企業にまで広がったということだ。
 欧州においても中国の体制および人権状況に対する厳しい見方が広まっており、企業にとっては、従来以上に製品および原材料の調達先に注意を払う必要性が生じている。実際、新疆産の綿の使用中止を表明する企業が出てきた。他方で、ユニクロなどは中国市場で大きな売上を上げており、難しい対応を迫られている。

ウイグル族による抗議のテロが頻発

 前回、中国政府が2009年の「ウルムチ暴動」などを受けて治安維持をより重視するようになり、監視カメラの設置が加速されたことについて述べた。ただ、新疆ウイグル自治区において漢民族が優位に立ち、ウイグル族などが一段下に置かれる構造は本質的に変わることなく、抗議の暴動やテロはそれ以降も発生する。13年10月28日に北京市の中心地、天安門広場の前の歩道に自動車が突入、炎上し、38人が死傷する事件が発生。中国は乗車していたのはウイグル族であり、東トルキスタン・イスラム運動が指示したテロ事件とした。

爆発事故が発生したウルムチ駅

 そして衝撃的な事件が14年に立て続けに発生した。3月1日、南西部の雲南省昆明市の昆明駅の広場でウイグル族数人による無差別襲撃事件が発生、死傷者は151人に上った。中国は新疆ウイグル自治区(新疆)独立勢力による犯行とした。4月30日、習近平国家主席が新疆ウルムチ市を訪問した日にウルムチ駅(現・ウルムチ南駅)で爆発事件が発生し、79人が負傷した。爆発は習近平の暗殺を謀ったものとみられた。中国は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM、新疆の中国からの分離独立を主張)が関与しているとした。

 習近平は5月に新疆政策を議論する「中央新疆工作座談会」を主宰し、「反テロ人民戦争」の号令の下、「暴力テロ活動への厳格な打撃」を主張、新疆の治安政策は武断的な性格を強めていく。監視カメラにスパイウェア・アプリ、顔認証システムなどを組み合わせた監視システムの構築も進められていく。16年には、チベット自治区の書記として強硬な統治政策で名を馳せていた人物を新疆の書記に横滑りさせる。

ウルムチ市中心部のバザール

新疆ウイグル再教育収容所

 欧米諸国から新疆での「人権侵害」と認識される象徴的な存在が、その後明らかになった「新疆ウイグル再教育収容所」だ。これは新疆の議会が17年3月に制定した「新疆ウイグル自治区脱過激化条例」に基づき設置された。

 中国は新疆ウイグル再教育収容所について「テロとの戦いのため」の教育施設としているが、西側諸国からはウイグル族、イスラム教徒の収容施設とみなされている。東トルキスタン国民覚醒運動(ETNAM、ワシントン)は19年時点で約500の収容施設があると指摘し、100万人以上のウイグル族が収容されているという。収容施設に収容されていたウイグル族からは、突如警察に連行され、数カ月からそれ以上にわたり施設に収容され、内部でさまざまな拷問、暴行、洗脳教育を受けたとの証言があり、欧米メディアを中心に相次いで報じられている。

 なお、この大規模な収容を裏付ける根拠が人口動態だ。中国政府が毎年出版している『中国統計年鑑』で見ると、新疆ウイグル自治区の人口動態において、「新疆ウイグル再教育収容所」の設立が始まった17年以降、不自然な傾向が見られる。総人口が2,444万6,700人(17年)から2,523万2,200人(19年)へと約78万人増加しているのに、一方で少数民族人口は1,654万4,800人から1,489万9,400人へと、約164万人が減少している。この間、同地において少数民族が人口に占める比率は67.68%(17年)から59.05%(19年)へ減少している。

 このような状況に対し、米国は中国政府により新疆でウイグル族らに対する人権侵害が行われているとの認識を深めていく。

 米国は18年に国防予算の大枠を定める国防権限法を制定。19年8月に同法に基づき、政府機関がファーウェイ、ハイクビジョン、ダーファ・テクノロジーなど5社およびその関連企業から機器やサービスを調達することを禁止、翌20年8月には5社の機器やサービスを使う企業との間での契約を禁止した。米国はこれらの措置を講じることを発表した際、ハイクビジョン、ダーファ・テクノロジーの監視カメラが中国政府による新疆での人権侵害に加担しているとの懸念を表明した。

 米国は同様に新疆の人権侵害への関与を理由に、19年10月、ハイクビジョンや高い画像認識技術を誇る香港のセンスタイム(商湯科技)など中国の28企業・地方政府をエンティティー・リストに加え、政府の承認なしに米国製品をこれらの企業・地方政府に輸出することを規制する措置を講じた。こうして新疆問題が米中の覇権争いにおける主要な争点の1つに浮上した。

新疆西部の中心地カシュガルのモスク

(了)
【茅野 雅弘】

(前)

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