2024年05月27日( 月 )

被告人野村悟氏に対する第1審判決について

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 8月24日、福岡地裁において、工藤会トップの被告人野村悟氏に対して殺人の共謀共同正犯や組織犯罪処罰法違反の罪で死刑が言い渡された。この件について、小橋総合法律事務所・小橋弘房弁護士に法律上の解説を行ってもらった。

1.

 まず、今回の件の報道で、野村氏の指示があったのかという点が争点であるということをよく聞くかと思います。これは、冒頭に書いた「共謀共同正犯」が成立するかに関わってくるからなのですが、これについて少し詳しく説明してみます。共謀共同正犯という言葉は、あまり聞き慣れない言葉かもしれません。本件では最も重大な殺人罪について、野村氏に対して共謀共同正犯が成立すると裁判所が認定しているので、これが何かをお話しします。

(1)

 まず、共謀共同正犯の前提として、共同正犯というものが刑法60条に規定されています。

 刑法60条は「2人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と規定しており、たとえばAとBの2人がCの家に押し入って強盗をしようと2人で計画し、AがCに包丁を突きつけてCが抵抗できないようにして、その間にBがCの金品を盗ったという場合、2人とも強盗罪の正犯になるということです。

 この共同正犯が成立するには、具体的な犯罪を一緒に行おうという①共同実行の意思と、その計画に沿った犯罪を一緒に実行する②共同実行の事実の2つが必要です。この例でいうなら、AとBは一緒にCの家に押し入って強盗をしようという具体的な計画を立てており①共同実行の意思が認められますし、実際に計画通りに2人で強盗を実行していますから②共同実行の事実も認められますから、AB2人とも強盗の共同正犯となります。

 ここでいう正犯というのは、犯罪行為そのものを行った者のことです。なお、この例で、もしAに対して「Cの家には高額な金品があるから、強盗に入ってはどうか」などと言って、Aに強盗をさせるように仕向けたDがいた場合、このDは強盗の教唆犯として処罰されます。

(2)

 ここまでの知識で本件を見た場合、福岡地裁の認定通りの事実関係なら、野村氏の指示で殺人を行った組員が殺人の正犯で、野村氏は指示をした人なのだから教唆犯になるようにも思えます。しかし、暴力団のトップが部下に指示をして犯罪を行った場合を、先ほどのDと同様に考えるというのは、一般的な感覚としてもおかしいと思えるのではないでしょうか。

 このような、共同実行の事実はないけども、犯罪計画で主体的な地位にあった者など、他の共犯者に強い影響をおよぼした者は、他の共犯者の実行行為を自分の犯罪実行の手段として利用して犯罪を実行したと評価できるので、正犯として罪に問うべきではないかという考え方から今回の共謀共同正犯という解釈が出てきました。

 つまり、共謀共同正犯というのは、①共同実行の意思があり、②共同実行の事実はないけども、犯罪計画の首謀者であるなど、他の共犯者の実行行為を自分の犯罪実行の手段として利用して犯罪を実行したと評価できる場合に成立する特殊な共同正犯ということになります。

(3)

 本件の場合、もし野村氏が組織のトップとして部下に殺人を命じたとしたら、野村氏は殺人について①共同実行の意思があることになり、組織のトップとして命令しているなら計画の首謀者となるので、実際に殺人を行った組員の実行行為を自分の犯罪実行の手段として利用したと評価できることになります。反対に、野村氏が殺人事件の計画を知らず、野村氏の部下などが殺人を計画した等の場合は、野村氏が具体的な指示を出していないことになり、共謀共同正犯は成立しないことになります。

 そのため、本件では通常の殺人事件の裁判で問題となる殺人の実行行為などではなく、野村氏の具体的な指示の有無が問題となっているのです。

2.

 このことからすると、本件は殺人事件について、実行行為として現れない「共謀」という第三者から認識しづらい事実である野村氏の具体的な指示が証明すべき事実となるので、そもそも本当に指示があったのか、その指示はどれくらい具体的で、組員が実際に行った殺人事件についての指示だったのかを慎重に検討すべき事件といえます。

 もしこの検討が不十分なまま野村氏の指示を認定してしまうと、野村氏が実際に指示をしていない場合、えん罪ということになりますし、その場合、実際に殺人を計画した別の幹部など、本当は殺人罪の正犯として処罰されるべき人物が処罰されないことになりかねません。

3.

 そして、この野村氏の指示についての検察官の立証活動について、直接証拠はなく、間接証拠のみで行われたという点も注目されています。

 直接証拠というのは、証明しようとする事実を直接証明する証拠です。本件でいえば、野村氏の指示が記載された手紙や、野村氏の指示を録音したテープ、指示を受けた組員からの供述といったものが直接証拠となりますが、こういった証拠はなかったということなのでしょう。

 これに対して間接証拠とは、証明しようとする事実を直接は証明するものではないけども、証明しようとする事実を推認させる証拠のことです。本件でいえば、工藤会が上意下達の組織であることや、組織として漁協の利権に強い関心があったことなど、いわゆる状況証拠が間接事実といえます。

 本件では、検察官は状況証拠を積み重ねて野村氏の具体的な指示を立証しようとしたことになるのでしょう。

4.

 そうすると、本件では野村氏の指示という第三者からは認識しづらいために慎重に検討すべき事実関係について、状況証拠を積み重ねて立証することができるのかというのが、一番の注目点といえます。そして、刑事事件で犯罪事実を立証する場合、えん罪を防ぐために、その立証の程度は、合理的な疑いを差し挟むことができない程度に立証する必要があると考えられています。

 今回の事件で検察官はこれが十分できたと主張しているのに対して、弁護人側は、いまだ合理的疑いが残る以上野村氏の具体的な指示は認定できないはずであると主張しているのです。そのため、暴力団のトップである野村氏の具体的指示という事実関係を状況証拠によって立証する場合、どの程度の状況証拠を積み重ねなければならないかについて、今回福岡地裁の判断が出たことになります。

 弁護人は控訴の予定とのことですが、本件は今後の暴力団関係の裁判に影響が出ることはもちろん、今回のような犯罪行為についての具体的な指示の認定が、暴力団以外の組織に対しても同様に適用されるものなのかという点についても問題ですので、引き続き注目していく必要があるかと思います。

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