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2021年09月14日 13:27

突然の社長交代 五洋食品産業に何が起きているのか(3)

 8月27日に行われた五洋食品産業の株主総会で、大株主のIEから同社にとっては想定外の修正動議が出され、社長だった舛田氏の選任が否決されたことは述べてきた通りだ。ここでは舛田氏とIEが関わることになった経緯を、同社の歴史とともに振り返ってみよう。

五洋食品産業 イメージ 同社は1975年5月に設立され、もともとはナチュラルチーズの加工業者だった。舛田氏は実父に呼び戻されるかたちで97年に入社している。2000年には商品のクレームによる回収をマスコミが歪曲して報道したことで、取引先からの信用を失う事態に陥った。同時期に父である創業社長が病気で倒れたこともあり、会社は舵取り役不在で、事実上の倒産状態となった。

 資金繰りも厳しく給料も払えなくなったことで、このときに会社を去った従業員も多い。舛田氏は、昼は営業、夜は工場、月末には資金繰りに奔走する生活となった。そうした状態が落ち着きを見せ始めたのは03年頃だ。

 従来の工場が容量不足になり、新工場の必要性を考えていたところに前原市(現・糸島市)の企業誘致の話が舞い込んできた。当初は新工場にかかる費用のすべてを借入で賄う予定だったが、株式公開による資金調達を思いつき、上場を目指すことになる。

 その後も不正会計の処理で債務超過に陥るなど厳しい局面もあったが、VC(ベンチャーキャピタル)や自身と社員の出資などにより債務超過を解消。取引先や知人などから集めた資金で新工場の土地代を捻出し、公募社債「スイーツストック債」の発行など異例の手法で建設資金を確保した。

 10年には総工費7億5,000万円を投じたHACCP対応の新社屋本社・工場が完成。念願のTOKYO AIM取引所(現・TOKYO PRO Market)の株式上場にたどり着いたのは12年5月だ。

 上場後、同社の売上高が右肩上がりとなる一方で、北米やアジアへの輸出を狙った海外事業で苦戦した。13年、14年と赤字を計上し、15年に黒字転換をはたしたものの、再び1億5,000万円程度の債務超過に陥っていた。

 受注は堅調だが、財務体質の弱さが取引先の与信判断に影響し、営業上の機会損失を招いていると分析した舛田氏は、第三者割当増資により資本を増強することを決めた。15年8月、IEに65万7,900株、FPに10万9,700株の新株を発行し、約3億5,000万円の資金を調達した。このとき、舛田氏に代わりIEが同社の筆頭株主となった。

(つづく)

【緒方 克美】

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