2021年12月03日( 金 )
by データ・マックス

アフガニスタンレポート これからが本当の国づくり(後)

「Web Afghan in JAPAN」 編集長 野口 壽一 氏

 米軍が完全撤退したアフガニスタン。タリバン政権の下、アフガニスタンはどのような方向へと進むのだろうか。現地の状況に精通している「Web Afghan in JAPAN」編集長・野口壽一氏に寄稿してもらった。

アメリカやアフガン政府軍はどうだったのか

アフガニスタン では、20年2月のアメリカとタリバンの合意により、米軍撤退後にタリバンと暫定政権をつくるはずだったアフガン政府はどうなのでしょうか。これについても皆さんご承知のように、ガニ大統領はタリバンのカブール入城直前に大金をもって国外逃亡しました。

 実はその前からだったのですが、親分がいなくなった政府も軍も総崩れしました。世界からはそう見えました。しかし、アフガニスタン内部の人々からしてみれば、カブールに来る前にすでにタリバンはアフガニスタンを支配していたのです。マスコミが騒ぐように1週間、数週間、数カ月でアフガン全土を電撃的に支配したのではないのです。少なくとも20年2月のアメリカとタリバンの合意の時点で、交渉の場に呼ばれなかったアフガン政府は終わっていたのです。

 アフガン人は、アフガン政府はタリバンと同じコインの裏表だと言います。ドーハでの和平交渉の最中から、アフガン人は次のように見ていました。

 「権力につくのがタリバンかガニかなどは本当の問題ではない。人々はタリバンとガニの両方に反対しているのだ。ガニは大統領としての在職期間を通して、過去も現在もずっと人種差別的考えと強く結びつけられてきた。

 彼はいつもの行状や個別の行いで、パシュトゥーン人以外の民族を権力から排除し、国防・治安・教育・経済、その他のカギとなるすべての分野で彼らを自分自身の無能な手下に置き換えた」(アフガン人ジャーナリストのファテー・サミ氏、「ウェブ Afghan in JAPAN」より)。

 「ハーミド・カルザイおよびアシュラフ・ガニによる傀儡政権は何年もの間、タリバンを“不満多き兄弟”と呼び、彼らの最も残忍な指令者や指導者たちを刑務所から釈放しました。“敵”と呼ばれず“兄弟”と呼ばれる武力集団と戦え、とアフガン国軍兵士たちは命じられ、そのことはタリバンを助長させ、アフガン国軍兵士たちの戦意を喪失させたのです」(アフガン女性使節団によるRAWA(Revolutionary Association of the Women of Afganistan)へのインタビュー、8月21日)。

 米軍・NATO軍の撤退と同時に、アフガニスタン政府も消滅してしまいました。

展望はあるのだろうか?

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 腐敗と汚職にまみれた政府だったとはいえ、また建前とはいえ、掲げられた自由と民主主義の旗印と世界からの援助金(そのほとんどは途中で消えたとみなされています)による20年で、アフガニスタンは大きく発展しました。1人あたりの国民所得は2000年代初頭から2倍以上増え、平均寿命は9年延び、学校教育年数は6年から10年になりました。生徒数は80万人だったのが800万人を超え、300万人以上の少女らが就学しました。

 女性の雇用事情も大きく変わりました。かつてはケシの栽培やアヘンの収穫といった仕 事をするしかなかった女性たちが、公務員の5分の1以上、国会議員の4分の1を占めるまでになりました。アフガニスタンの地域経済は、女性事業主による活動を屋台骨とする非公式部門がほぼ8割を占めています。

 これまで達成されてきた成果、成長の芽をタリバンは踏みつぶそうとしていますが、はたしてそれは可能でしょうか。

 子どもが学校に通えるのも、親が基礎的医療サービスを受けられるのも、彼女らが最低限の収入を得ているおかげです。こうした零細事業が打撃を受ければ貧困率は跳ね上がるでしょう。働き、学び、尊厳をもって生活する権利を女性から奪うことは、アフガニスタン経済をどん底に突き落とすことにつながります。

 タリバンの主体はパシュトゥーン人です。パンジシール渓谷で抵抗している住民はタジク人です。民族融和策がとられなければ、ほかの民族もそう簡単にはタリバン支配
に従わないでしょう。さらに、この間に自由と民主主義の味を知り、世界の文化に触れた都市住民が唯々諾々とタリバンに従うとは思えません。

 さらに、ほとんどのマスコミは報道しないが、アフガン人であれば子どもでも知っている最も重要な事実があります。それは、タリバンの後ろにパキスタンがいることです。タリバンの誕生にパキスタンが絡んでいる、支援しているとの報道はありますが、タリバンそのものがパキスタンなのです。

 今盛んにタリバンを世界に認めさせようとしているパキスタンのイムラン・カーン首相自体がパシュトゥーン人です。パシュトゥーン人は、アフガニスタンとパキスタンという2つの国を手玉に取ってアフガニスタンを支配しつつあるのです。

 先ほど、90年代を外国軍のいない10年と書きましたが、実際はその間にパキスタンという国家と軍が介在していたのです。しかも今後、イスラム教を国の礎とするパキスタンが、パキスタン領内で自らが指導して生み出したタリバンを使ってアフガニスタンを支配することになれば、かつての異教徒の国、ソ連やアメリカによる占領という構造とは本質的に異なる外国支配がアフガニスタンで実現することになります。

(了)

詳しくは筆者が編集・発行している「Web Afghan in JAPAN」をお読みください。

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(中)

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