2024年05月07日( 火 )

路線バスの準公営化に向けて(後)

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運輸評論家 堀内 重人 氏

「ゾーン運賃」の導入

ソウル市の支線部を行く緑色のバス
ソウル市の支線部を行く緑色のバス

 ソウル特別市の路線バスは「準公営化」されたが、すべてのバス事業者の運賃収益は共同で管理されている。運行経費については、毎年、バス政策市民委員会が確定する標準運輸原価に従って算定される。そして、総収入と総費用を比較して、ソウル特別市が欠損補助を実施している。

 「準公営化」により、過当なバス事業者間の競争が解消され、運転手などの従業員の処遇が改善された。欠損補助の際限のない拡大を防ぐため、評価・インセンティブ制度も導入したことで、市民の利便性が高まり、路線バスに対する評価が上がった。

 2004年に「準公営化」されたことで、交通事故も大幅に減少した。04年度の交通事故の件数は1,944件だったが、13年には988件と49%も減少した。

 一方、市民の満足度は、「準公営化」された2年後の06年度は59.2点の評価であったが、13年には78.1点と32ポイントも向上した。

 バスを利用する市民の評価を上げた要因に、「ゾーン運賃」の導入がある。定められたエリア内であれば、何度乗り換えたとしても運賃は一定である。乗り換えごとの初乗り運賃の支払いが免除されたことが評価に影響している。また、ソウル特別市の路線バスは日本と異なり、クレジットカードによる決済も進んでおり、小銭などを気にしなくても乗車が可能で、利用者の心理的な負担も軽減している。

 「ゾーン運賃」を導入すれば、利用者は便利になるが、事業者は初乗り運賃を取り損ねることになるため、大幅な減収になってしまう。それに対しては、ソウル特別市が年間で計2兆9,948億ウォン(1ウォンは約0.1円)の補助を実施している。

 ソウル特別市で始まった「準公営」の制度は、韓国第2の都市である釜山だけでなく、大邱、大田、光州、仁川などの韓国内の主要都市へと拡大した。外国人であってもソウル特別市の路線バスは利用しやすくなったため、海外からも好評を得るようになった。その結果、メトロポリス賞を受賞、UITP(The International Association of Public Transport:国際公共交通連合)認証も受けた。また、台湾やインドネシアなどの多くの国でも、路線バス事業の欠損補助が問題となっているため、ソウル特別市の路線バス政策を勉強することで、自国の路線バス事業の改善に向けた参考事例として活用するようになった。

欠損補助の仕方も工夫を

 日本では、ようやく前橋市が乗合バス事業の共同経営を実施するようになったが、地方都市ではいまだにバス事業者同士が過当競争を行い、利用者不在のままお互いの経営体力を消耗しているのが実情である。そして不採算となれば、「欠損補助」を行っている。

 確かに地域公共交通は「営利事業」ではなく、「福祉事業」的な側面が強いため、欠損補助を導入せざるを得ない点は否めない。

 だが、そのような状況で、コロナ禍という未曽有の事態が生じたことから、路線バス事業者は青息吐息になってしまっている。コロナ禍はいつまでも続かないが、コロナ後も従来通りの欠損補助を行うやり方では、各自治体の財政事情も厳しいため、制度設計を変えざるを得ない。

 諸外国では、ソウル特別市の路線バスの「準公営化」は受け入れられたが、日本では「嫌韓」の意識が高いこともあり、感情的に受け入れようとしない点も否めない。

 運行は民間のバス事業者が担うが、バス停の位置を調整して統合したり、運賃を共通化したりすると同時に、「ゾーン運賃」を導入して、利用しやすい環境を整備する必要がある。ソウル特別市では、各事業者に対して数値目標を設定することで、放漫経営を防止する処置が取られている。

 「公」はただ単に欠損補助を実施するだけでなく、バス停の上屋の整備やバスロケーションシステムの整備、ICカード乗車券に対応した運賃箱の導入、バス専用レーンの整備など、路線バスを「社会インフラ」と位置付け、民間事業者が活動しやすいような環境整備が必要といえる。とくに地方のバス事業者については資金面で苦しいことから、新型の低床式のバス車両を購入し、割安な価格でリースすることも検討しなければならない。

 同じ欠損補助を実施するのであれば、路線バスの利便性やサービスを向上させることで、利用者を増やす方向を模索しなければならない。そうすることで、交通事故も減少するだけでなく、バス事業者の従業員の待遇も改善され、持続可能な社会システムとなる。その意味でも、ソウル特別市の路線バスの事例は、我が国も参考にしなければならないといえる。

(了)

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