2024年05月09日( 木 )

『競争と情報』~未来予測力と危機管理力の強化~(1)

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日本ビジネスインテリジェンス協会会長
日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科講師
東京経済大学経営学部・大学院経営学研究科元教授

中川 十郎 氏

情報力の強化

世界 情報 イメージ 最近「インテリジェンス」という言葉を雑誌、本、テレビなどのメデイアでしばしば目にするようになった。しかし、インテリジェンスなる言葉の真意がどこまで理解されているのであろうか。まだまだ日本は欧米に比べて、政財界ともインテリジェンス、情報戦略で出遅れているのではないだろうか。

 太平洋戦争の天下分け目のミッドウェー海戦での情報活動の驚くべき失態による壊滅的大敗。その教訓を戦後の企業経営に生かせず、1990年初めからのバブル崩壊による日本の長期経済不況。2008年9月15日のサブプライム問題によるリーマン・ブラザースの破綻に端を発する世界金融・経済危機に翻弄され、世界主要国で日本の国内総生産(GDP)の落ち込みは最大となっている。

 これは関係当局、財界の実力過信による金融、経済情報、ビジネスインテリジェンスなどの情報軽視で、未来予測力や危機管理能力が劣化し、金融情報戦に敗北した結果と思われる。

 今こそ、情報・知識時代の21世紀は「情報」と「知識」が社会の権力基盤となることを銘記し、インテリジェンス活用による未来予測力と危機管理能力の強化に尽力することが強く求められている。この観点から、日本コンぺティティブ・インテリジェンス学会のさらなる活躍を期待するものである。

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 米国では冷戦終結前後から、CIA(米中央情報局)などが用いる仮想敵国であるソ連、東欧諸国、中国といった競争相手の競争情報(Competitor Intelligence)の収集・分析手法を民間ビジネスに応用、活用する機運が高まった。1986年には米国バージニア州にSociety of Competitive Intelligence Professionals(競争情報専門家協会)を設立。毎年、米国主要都市で国際会議を開催。600人ほどの情報関係者が世界中から参加している。同協会は現在、世界45カ国に約3,000人の会員を有し、世界最大の競争情報研究組織に成長した。米国では国防大学、海軍大学院を含む40以上の大学で情報学修士、博士号を授与している。

 民間ではボストンに96年設立のAcademy of Competitive Intelligence(競争情報アカデミー)が有名で、企業や軍関係の調査・企画専門家などの情報要員を養成している。

 欧州では英国、スウェーデン、フランスが情報教育に熱心で、スウェーデンのルンド大学は早くから本格的な情報教育を実施してきた。同大学のステバン・デデイジェール博士は72年に大学院にビジネスインテリジェンス講座を設け、その先見性は高く評価されている。

 スウェーデンとフランスには情報戦争学校もあり、軍・産・学の情報専門家を総動員して、国際商戦を勝ち抜くための徹底した教育を行っている。

 フランスは2006年10月、パリ近郊のベルサイユにヨーロッパ経済情報大学院を設立。有力企業、欧州委員会、欧州各国教育機関と連携を強化し、政・官・財・軍を挙げて情報教育に力を入れている。

 フランスは近代陸軍の父ルボー(1641~91)がルイ14世時代に軍の近代化を推し進めたが、18世紀になるとグルノーブル参謀学校長ブース(1700~80)が参謀部での情報の重要性を認識し、情報部と作戦部を分離した。このフランス式の参謀組織が現在の主要国で採用されている。

 このような情報の歴史と伝統を持つフランスは、ジスカール・デスタン大統領の時代になると、有名なノラ、マンク両氏が『社会の情報化』という答申書(1978年、日本語訳『フランス・情報化を核とした未来社会への挑戦』)で、コンピューター、情報通信により融合されるネットワーク化は産業分野のみならず、文化や権力機構にも大きな影響をおよぼすことになるという、情報社会の未来予測を発表。世界に衝撃を与えた。

 このような見識はダニエル・ベルの『脱工業化社会の到来』(73年)、アルビン・トフラーの『未来の衝撃』『第三の波』(80年)の流れを汲むものである。このような視点から、前述したベルサイユのヨーロッパ経済情報大学院はEUのみならず世界各国にも大きな影響をもたらすと思われ、その動向には我が国としても十分な注目とウォッチが肝要だと思われる。

(つづく)


<プロフィール>
中川 十郎(なかがわ・ じゅうろう)

 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。

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