2022年01月20日( 木 )
by データ・マックス

日大の「闇の奥」〜大学を蝕む3つの病(2)

ライター 黒川 晶

「独裁者」の出現を排除しえない法制度

暗雲 イメージ    まず指摘されるべきは、私立学校法(1949年制定)の限界であるだろう。大学と一口に言っても、教学の場としての「大学」とその経営主体としての「学校法人」とは、法的に明確に区別される別個の組織である。前者の設置・運営の根拠となるのは学校教育法。後者が依拠する法律が私立学校法である。

 各学校法人の最高意思決定機関は「理事会」であり、同法もこの設置を定めている(第36条)。同時に、これの暴走を防ぐため、「監事」(学校法人の業務や財産、理事の業務執行の状況を監査、第37条)と「評議員会」(予算や事業計画、借入金、資産の処分、役員報酬の支給基準などの重要事項を理事会に意見、第41条・第42条)の2機関を置くよう定めているが、問題はこれらの構成員の選任法である。

 そこでは、当該学校法人の設置する大学の学長を理事の1人とする以外、理事も評議員も「寄附行為」(各学校法人が定める運営の根本規則。企業や社団・財団の定款に相当)の定めるところによって選任するとされている(第38条・第44条)。ということは、「寄附行為」に「理事長が選任する」旨を書き込めば、息のかかった人間で固めることも可能なわけだ。監事については、まさに「評議員会の同意を得て、理事長が選任する」(第38条)とある。つまり、「監査される側が監査する人を選ぶという仕組みになっている」(日本私立大学教職員組合連合書記次長・山賀徹氏)のである。

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 同法がこのようなつくりになっているのは、なにもこれが欠陥法だからというわけではない。むしろ、第1条でも宣言されている通り、私人の寄附財産などによって設立・運営される「私立学校の特性」に鑑み、「自主性」を尊重するという方針を示しているのだが、大学の私物化を目論む理事長にとって非常に好都合である。実際、このたび日大で発覚した大規模背任事件の主導者である井ノ口忠男氏は、2017年に評議員および理事へとダブル抜擢された田中英寿理事長のお気に入り。しかも、翌18年にアメフト部の悪質タックル問題で辞任を余儀なくされたにもかかわらず、1年後には何事もなかったかのように理事に復帰している。

 そして日大の「寄附行為」には、理事の選任法の1つとして「理事長の推薦した者1人以上2人以内」(第8条)の文言がある。そもそも日本の大学において、理事長がやりたい放題の体制をつくるのに、役員全員が「お仲間」であることすら必要あるまい。人事権を掌握した者に対する日本人の「忖度」気質は、森友・加計学園問題の際に観察された官僚たちの公僕にあるまじき振る舞い――内閣人事局の創設にすっかり萎縮してしまった彼らは、「総理のご意向」に沿うべく、公文書の改竄や大学設置認可の手続きを曲げるなどの行為にすら手を染めた――ですでに証明されていよう。

 いわんや田中理事長は、スポーツ界や政財界のみならず、反社会的勢力との深いつながりも取り沙汰されてきた人物。たとえ運営の在り方に疑問を感じても、役員たちはとても堂々意見できるような空気にないことは想像に難くない。黙認することで結果的に不正に加担することになるにせよ…。

 このように、制度の理念と恐怖による人々の「自発的隷属」とが相まって、「日大のドン」は生み出されたのだ。日大というジャングルの奥深くに自分の王国を築き上げ、5期13年の長きにわたり君臨した、この「日本版カーツ大佐」(※)は。

※:フランシス・コッポラ監督、マーロン・ブランド主演の映画『地獄の黙示録』(原作はジョゼフ・コンラッドの1902年の小説『闇の奥』)の登場人物。

(つづく)

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