2022年06月30日( 木 )
by データ・マックス

弁護士として 人々の傍らに立ち続ける

福岡城南法律事務所
弁護士 美奈川 成章 氏

父親は“肥後もっこす” 裁判闘争で一家は困窮

 1946年生まれの美奈川氏は、警察官だった父親の赴任先である筑豊の炭鉱町、旧・山田市で育った。「当時は国家地方警察と自治体警察が入れ替わる過渡期。“肥後もっこす”だった父親は頑固で融通が利かず、疎まれた末に山田町警察を懲戒免職されました」(美奈川氏)。父親の頑固さは筋金入りで、処分不当を訴えて最高裁まで闘いぬき、勝訴判決を勝ち取っている。しかし、その父親はかなりの大酒飲みでもあった。警官をクビになって始めた行商で得た日銭は酒代と裁判費用に消えるため、家族7人の糊口を支えたのは母親の和裁で入るわずかな収入のみ。給食費を払えないこともしばしばで、困窮児童が集められた特別室で食べる給食のありがたさと惨めさは、70年近く経ったいまでも忘れられないという。

人々の傍らに立つ弁護士として

福岡城南法律事務所 弁護士 美奈川 成章 氏
福岡城南法律事務所 弁護士 美奈川 成章 氏

    父親の裁判闘争を間近で見たことや貧しさが法曹へのスタートラインだったのか――美奈川氏は「そんなカッコいいものじゃない」と否定する。「進学した九州大学は学生運動真っ盛りだったが、自分は典型的ノンポリラディカル(無党派活動家)。アルバイトと奨学金で学費を払ってもそれなりに生活できていたし、運動にのめり込むことはなかった。ただ、そうかといって3年生になって『さあ就職だ』と切り替えられるほど要領が良くもなく『じゃあ弁護士にでもなるか』と」(同)。

 司法修習を終えるとすぐに事務所を構えて独立した。当時でもイソ弁()を経ずに独立する弁護士は稀だったが、独立資金は学生運動時代の知人らのカンパですぐに集まり、開業初日から電話が鳴りやまないほど多忙な日々が始まった。以来、学生の不当逮捕や労働者の解雇事件を手がけると同時に、社会問題としても注目された教育裁判の伝習館訴訟やゲルニカ事件にも携わった。さらにライフワークにもなった三井三池の炭塵爆発事件など、主に国家や大企業などの大きな力に踏みにじられる市井の人々の心強い味方として傍らに立ち続けてきた。

 もっとも弁護士業界総体でみれば、美奈川氏のような存在はごく少数派になりつつある。司法制度改革によって弁護士人口は激増し、司法試験の合格率もかつての1~2%台から40%台にまで緩和されてまったく別の試験と言ってよいほどに様変わりした。美奈川氏は弁護士を増やすことには賛成するものの、その結果として能力のない弁護士が増えること、さらに事務所の維持が目的化することを危惧する。

 最近では、指定暴力団工藤會のトップ・野村悟被告の裁判にも弁護団の1人として携わった。「ヤクザだからといって有罪認定のレベルを下げることは許されません。一度でも無茶な判決が出れば、いつ一般の人に適用されるかわからない。ダブルスタンダードは絶対に認めてはいけないのです」(同)。

※:先輩弁護士の事務所で経験を積む「居候弁護士」のこと。 ^


<INFORMATION>
代 表:美奈川 成章
所在地 福岡市中央区大名1-8-12-4F
設 立:1975年(72~74年は別事務所)
TEL:092-712-8117
URL:http://jyounan-law.jp


<プロフィール>
美奈川 成章
(みながわ しげあき)
1946年、熊本県南関町生まれ。福岡県山田市(現・嘉麻市)で育つ。県立山田高校(廃校)を経て70年に九州大学法学部卒業。69年、司法試験合格。72年弁護士登録と同時に福岡市で開業。福岡県弁護士会刑事弁護等委員会所属。日本弁護士連合会取調べの可視化実現本部所属。

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