2024年05月09日( 木 )

ウクライナ危機と国連安保理の拒否権問題を問う(中)

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元国連大使
OECD事務次長
岩手県立大学長 谷口 誠 氏

名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

 ロシアによるウクライナ侵攻で、国連が抱えてきた安全保障理事会における常任理事国の拒否権の問題が明るみに出た。ウクライナ危機後の世界の政治・経済問題の展望を踏まえ、これからの日本の外交はどうあるべきかをめぐり、元国連大使・谷口誠氏と日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏が対談した。谷口氏は国連大使やOECD事務次長として国際政治経済・外交分野で活躍、中川氏は長年にわたり商社海外駐在員として国際貿易に従事するなど、両氏ともに国際経験が豊富だ。

日本は対話を進め、独自の外交を

 中川 大相撲で活躍した大鵬や野球のスタルヒン投手は白ロシア、ウクライナ系と聞いています。また極東のシベリアにはウクライナ人の移民も多く、日本とウクライナは関係があるように思います。谷口大使は国連時代にロシアのラブロフ外相とも懇意だったと聞いていますが、そのあたりも含めて、ウクライナ問題を解明していただけませんか。

元国連大使、OECD事務次長、岩手県立大学長 谷口 誠 氏
元国連大使
OECD事務次長
岩手県立大学長 谷口 誠 氏

    谷口 ロシアのプーチンが10年以上重用しているラブロフ外相は、当時は国連大使でしたが、その後はモスクワに戻り、ウクライナ問題ではトルコで調停を務めて活躍しています。ラブロフ外相は外交官として優秀であり、老練な政治家はさまざまな経験を積んでいるため、議論をしても敵対関係にもっていきません。ウクライナ問題では、トルコがイニシアティブを取っていることに注目しています。

 政治学者の東郷和彦氏は、ウクライナ問題では中国が漁夫の利を得ると言っていますが、中国は国連総会のロシア非難決議で棄権しており、態度がはっきりしません。中国は今後、どのような役割をするのでしょうか。

 ロシアとウクライナは、本来は兄弟のような親密な関係であるべきですが、戦争になると他人のケンカよりもかえって悪いことがあります。ロシアはエリツィン大統領の時代からNATO拡大を大きな問題として受け止めており、ウクライナはNATOを離れて中立となり、非軍事化するのが、外交的には最大の解決策です。

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 プーチン大統領はKGB上がりの冷徹な人のため、「窮鼠猫を噛む」のように追い込まれると核兵器を使いかねません。米国はかつてのように大きな力をもっていないことがアフガニスタン問題でも明らかになり、プーチン大統領も米国の実力を見抜いています。日本はG7と一緒になっていればよいという姿勢で、外交上の日本の存在感がまったく見えてこないことが問題です。

 ロシアは、ウクライナ問題で欧州から追い出されると東アジアに注意が移ると考えられており、日本はどう対応するかを考えておくべきです。かつて、ソ連との国交正常化のためにモスクワに乗り込んだ鳩山一郎首相や河野一郎農林大臣のように、積極的に動くべきでしょう。日本はG7と一緒になって、ロシアを追い込んで敵に回す立場を脱却し、ロシアと対話による独自外交を展開する必要があります。G7は国同士の関係がすでに希薄になっていることを自覚すべきです。

名古屋市立大特任教授、日本ビジネスインテリジェンス協会理事長 中川 十郎 氏
名古屋市立大特任教授
日本ビジネスインテリジェンス協会理事長
中川 十郎 氏

    中川 トルコのエルドアン大統領は独自の外交を行い、ロシアとウクライナの仲介をしていますね。アングロサクソンは敵を徹底的に潰す傾向がありますが、日本は聖徳太子の「和をもって尊しとなす」という言葉のように、平和を希求する姿勢が欠かせません。

 ウクライナは文化や経済が発達し、兵器やITなどの技術も優れていて、工学系で有名なキエフ工科大学では宇宙ロケットも開発しています。中国の航空母艦・遼寧もウクライナで建造され中国へ引き渡されました。ロシアもウクライナと友好関係を維持し、G20を中心に平和を目指すことが必要ではないでしょうか。しかし、今はG7を構成する先進国が主導力を失った「Gゼロ」と呼ばれる時代になっています。世界にリーダーがおらず混沌としていることについて、どうお考えでしょうか。

 谷口 コロナ禍を乗り越えるために、資本主義や共産主義という考え方を超えて人類が結束しないといけない時代ですが、各国が分断していることが問題です。ウクライナ問題に対しても、人類が力を合わせて知恵を出し合い解決していくべきだと考えています。

(つづく)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
谷口 誠
(たにぐち・まこと)
 1956年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、58年英国ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ卒、59年外務省入省。国連局経済課長、国連代表部特命全権大使、OECD事務次長(日本人初代)、早稲田大学アジア太平洋研究センター教授、岩手県立大学学長などを歴任。現在は「新渡戸国際塾」塾長、北東アジア研究交流ネットワーク代表幹事、桜美林大学アジア・ユーラシア総合研究所所長。著書に『21世紀の南北問題 グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)、『東アジア共同体 経済統合の行方と日本』(岩波新書)など多数。

中川 十郎(なかがわ・じゅうろう)
 東京外国語大学イタリア学科国際関係専修課程卒後、ニチメン(現・双日)入社。海外8カ国に20年駐在。業務本部米州部長補佐、開発企画担当部長、米国ニチメン・ニューヨーク本社開発担当副社長、愛知学院大学商学部教授、東京経済大学経営学部・大学院教授などを経て、現在、名古屋市立大学特任教授、大連外国語大学客員教授。日本ビジネスインテリジェンス協会理事長、国際アジア共同体学会学術顧問、中国競争情報協会国際顧問など。著書・訳書『CIA流戦略情報読本』(ダイヤモンド社)、『成功企業のIT戦略』(日経BP)、『知識情報戦略』(税務経理協会)、『国際経営戦略』(同文館)など多数。

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