2024年04月19日( 金 )

【鮫島タイムス別館(2)】朝日新聞は死んだ~新聞報道の限界を告発『朝日新聞政治部』

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吉田調書事件とは何だったのか

 国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(本部:パリ)が発表した2022年の世界各国の報道自由度ランキングで、日本は71位だった。韓国(43位)や台湾(38位)に大きく遅れをとっている。メディアが都合の悪い情報を報じない「自己検閲」を強めていると指摘された。

 振り返れば民主党政権下の2010年の日本の順位は11位だった。2012年末に自民党が政権復帰し、憲政史上最長の7年8カ月におよんだ安倍政権がメディアへの圧力を強めるなかで60~70位台まで急落したのである。

 権力監視を責務とする新聞が安倍政権に屈した、「メディア史に残る事件」として刻まれるのが2014年の「吉田調書事件」だ。吉田調書とは、東京電力福島第一原発の事故直後に最前線で対応した吉田昌郎所長が、政府事故調の聴取で語った公式記録である。政府が非公開としてきたこの記録を独自入手して2014年5月にスクープしたのが朝日新聞だった。

 当初は大スクープとして世間から絶賛され、安倍政権や東電は防戦一方となる。朝日新聞社は勢いづいて7月にはこのスクープを新聞協会賞に申請した。

 ところが安倍政権の支持勢力などから「このスクープは誤報だ」との批判がじわじわと広まる。8月に入ると、朝日新聞は過去の慰安婦報道の一部を取り消した問題で安倍政権や右派勢力から激しくバッシングされた。さらに慰安婦報道への対応を批判する池上彰氏のコラムを掲載拒否したことで「朝日批判」は頂点に達する。

 ふと気づくと、「吉田調書」「慰安婦」「池上コラム」の三大事件を批判する安倍政権とマスコミ各社の「朝日包囲網」が出来上がっていた。

 朝日新聞の木村伊量社長(当時)は9月、自らが矢面に立っていた「慰安婦」や「池上コラム」ではなく、「吉田調書」を誤報と認めて取り消し、それを理由に辞任を表明。編集局長以下、担当デスクや記者を処分して幕引きを図った。安倍政権に屈服したのである。

朝日新聞を放逐された内幕

 この事件が日本ジャーナリズム界に与えた影響は絶大だった。朝日新聞に限らず新聞業界全体が安倍政権に怯え、権力批判に萎縮し、報道を自主規制する風潮が一気に広がり、安倍政権を批判する記事は急速に姿を消した。

 メディアの権力監視が弱まるなかで「安倍一強」体制が出現し、財務省による公文書改ざんを誘発した森友学園事件や“桜を見る会”など「安倍首相による権力私物化」を象徴する出来事が政権内部でひそかに進行していったのだ。

 この吉田調書のスクープを手がけて、最後は処分されたデスクが私である。

 39歳の異例の若さで政治部デスクに抜擢され、2013年には福島県内で「手抜き除染」が横行する実態をスクープした取材班代表として新聞協会賞を受賞し、朝日新聞社内を大手を振って歩いていた私は、一転して奈落の底に落ちたのだった。

 朝日新聞社の経営陣は自分たちが主導した吉田調書報道をめぐる危機管理の失敗を棚上げし、現場の取材班に全責任を押し付けた。私は記者職を解かれ、蟄居謹慎状態に置かれた。担当記者2人はほどなく退社し、私も2021年に独立した。

 朝日新聞が伏せてきた「吉田調書事件」の真相をつまびらかにしたのが私の新刊『朝日新聞政治部』(講談社、5月27日発売)である。

 朝日新聞の経営や編集を牛耳ってきた政治部出身の経営陣はどこで何を間違えたのか。「吉田調書事件」の内幕を詳細に告発するとともに、保身、裏切り、陰謀にまみれた政治部や社会部による社内闘争の実態を私自身の反省を含めて克明に描いている。日本メディア史に残る「愚行」の真相を明らかにして再検証しない限り、日本のジャーナリズムは再建できないという思いで筆を執った。

 私の政治部での具体的な取材経験を基に、記者クラブや番記者制度を中心とする政治報道の裏側を赤裸々に打ち明けるとともに、調査報道とはどのようなものかも実際のスクープ記事の取材例などでわかりやすく紹介している。

 堅苦しいジャーナリズム論ではなく、私が政治記者として担当した菅直人氏、竹中平蔵氏、古賀誠氏ら有力政治家はもちろん、上司や同僚だった朝日新聞記者ら登場人物を原則実名とし、私が実際に体験したエピソードを生々しく綴るかたちをとっている。

 絶頂から一瞬にして転落した私の新聞記者人生を、企業小説感覚で読み進められるようにスリリングに書き上げた。お手に取っていただければ幸いです。

『朝日新聞政治部』(講談社/304頁/1,980円)
「吉田調書事件」の当事者となった元エース記者が目にした、崩壊する大新聞の中枢。登場人物すべて実名の内部告発ノンフィクション。
※売れ筋ランキング・ジャーナリズム部門で1位、全体で9位(5月24日時点)
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【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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