2022年08月14日( 日 )
by データ・マックス

ソフトバンク孫氏とクラウレ前副社長「対立の裏事情」(後)

 「ゴネ得」とは、ゴネることで得をすることをいう。過去最大となる1兆7,000億円の最終赤字を出したソフトバンクグループ(SBG)だが、すこぶる気前がいい。副社長を1月に退任したマルセロ・クラウレ氏に、退職金と長期報酬合わせて127億円を支払う。クラウレ氏はゴネて、ゴネて、ゴネまくり、得をしたのである。

クラウレ氏は米スプリント再建の立役者

    クラウレ氏はもともと起業家だった。1997年、米国で携帯電話販売会社ブライトスターを起業し、孫氏と出会う。孫氏はクラウレ氏の手腕に惚れ込み、13年にブライトスターを買収、クラウレ氏はグループの一員となった。当時、孫氏は米携帯電話大手スプリントを買収し、「世界一の携帯電話王」の野望に燃えていた時期だ。

 孫氏は14年、クラウレ氏をスプリントの最高経営責任者(CEO)に抜擢した。孫氏は買収後に経営が悪化したスプリントの再建をクラウレ氏に託したのである。クラウレ氏最大の功績は、スプリントの経営に関わり続け、長年の目標だった米携帯電話3位のTモバイルUSとの統合を20年に実現したことだ。

 19年にSBGが経営支援を決めた米シェアオフィス大手ウィーワークの経営危機が発覚し、SBG全体を揺るがす事態になると、孫氏はクラウレ氏をウィーワーク会長に送り込んだ。クラウレ氏は孫正義会長兼社長の右腕としてウィーワークの再建に取り組んだ。

SBGにクラウレ氏の居場所なし

 孫氏は17年に始めたビジョン・ファンドを軸とした投資活動に集中し、SBGは携帯電話会社から投資会社に変貌していく。孫氏は、かつて100%頭のなかを占めていた携帯電話には興味を示さなくなった。

 孫氏は自らを「冒険投資家」と称し、携帯電話会社の事業家であるクラウレ氏の存在感は低下していった。「投資会社」のSBGは、クラウレ氏を必要としなくなったということだ。

 SBGは18年、3人を副社長にした。主力の新興企業向け投資ファンド担当のラジーブ・ミスラ氏、海外事業統括・中南米向け投資ファンド担当のマルセロ・クラウレ氏、投資戦略統括の佐護勝紀氏。3人が後継レースを争うとみられていた。

 まず、佐護氏が昨年3月に退任して脱落した。佐護氏はゴールドマン・サックス証券とゆうちょ銀行でナンバー2を歴任し、18年にSBGに「鳴り物入り」で迎えられた人物だった。

 中東のオイルマネーを巻き込んで10兆円ファンドを組成したSBGは投資会社化に邁進した。これらの投資方針は、14年にSBG入りした副社長のミスラ氏など旧ドイツ銀行出身者が主導しており、投資事業を統括するはずの副社長・佐護氏の出番がなくなった。

 そして、今回、副社長のクラウレ氏も事業家としての居場所がなくなりSBGを去った。

〈クラウレ氏は退任理由に触れず「友人として接してくれた孫正義氏には特に感謝している」というコメントを残した〉
(日本経済新聞電子版6月24日付)

 それは「感謝」するだろう。クラウレ氏への退職金と長期報酬127億円は、いわば手切れ金みたいなものだ。

(了)

【森村 和男】

(前)

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