2022年08月20日( 土 )
by データ・マックス

【徹底告発/福岡大・朔学長の裏面史(1)】自画自賛の演説と胡散くささ全開の研究業績数

 昨年6月12日、福岡大学では2021年度の特待生表彰式が執り行われた。毎年の成績優秀者を顕彰し、学費免除の特典を与えるこの式典、学長からの祝辞、特待生代表への表彰状授与、代表による答辞とプログラムは進み、優秀な若者たちの眼前に拓けた明るい未来を、大学を挙げて厳粛に寿ぐ。

 だが、コロナ禍のさなかに行われた2021年度の式典では、父兄の参列がなかったことに加え、例年の式次第にはない“特別コーナー“が設けられていた。「福岡大学特待生の皆様へ」と題するパワーポイント資料がスクリーンに映し出され、スライドに合わせて朔啓二郎・福大学長が特待生たちに語りかける、5分ほどの「福岡大学の先輩としてのメッセージ」コーナーである。式典の数日後には、朔学長本人による同コーナーの再現ビデオが全学に公開された。そして、冒頭の言葉はなんと、「[福大は]自分にはふさわしくない、もっといい医学部に行きたかったと思っていました」であった。

(朔学長)「私は49年前、本学医学部に入学しました。しかし、何度もやめることを考えていました。自分にはふさわしくない、もっといい医学部に行きたかったと思っていました。その考えに対して、父は『自分が好きなようにしなさい』と。しかし母は絶対に反対でした。」

 それでも「ハードな毎日を送っていると、いつしか『福岡大学医学部に入学したからには医学の勉強では誰にも負けたくない』『自分がトップになって、さらには福大をトップにしたい』と思うようになった」という朔学長。この言葉を皮切りに、福大生時代の自分がいかに優秀だったか、表彰される自分の写真や賞状、学内新聞などを山のように示しながらの自慢話が始まった。

(朔学長)「1年次の成績も1番でした。3年次も時も1番で、4年生のときに特待生ですね、このときは全学で特待生は91人でしたので、今の半分の人数でしたね。4年生の時も1番。5年次のときに特待生。」

(朔学長)「それから5年次の時も1番で、6年生のときに特待生でした。つまり、別に自慢しているわけ……です(笑)。大変優秀な皆さんの前でだからこそ、あえて先輩として自慢しているわけです。」

(朔学長)「6年生の時も成績1番でしたので、卒業生総代になりました。ステージの上で当時の河原学長から卒業証書、学位記ですけれども、これを授与されたときに、『将来僕は、河原学長の立っているその場所に立っている』と、心のなかでつぶやいていました。」

 主役たる特待生たちを押しのけて、“朔学長を讃える会“に変えてしまわんばかりの自画自賛の嵐に、列席したある文系学部教授は思わず顔をしかめたという。しかも、延々続いた自慢話の末に飛び出した次のくだりには、特待生たちに申し訳なくて赤面してしまったとか。たしかに “君たちが入ったのは三流大学だが、私のおかげで東大や京大、九大といった一流大学の仲間入りをはたしたのだ“と言わんばかりだ。

(朔学長)「私は福岡大学卒業生初めての学長です。東大、京大、九大、早稲田、慶應、いずれの大学も学長、塾長、総長は母校出身です。卒業生が学長にならない大学は三流だと私は思っています。皆さんはそれぞれ目指すべきことがあると思いますが、学長であっても会社の社長さんであっても、すでに皆さんは waiting list に載ったと、私は捉えています。先輩として心から期待しています。」

 「一流大学は出身者が学長になっている」がなぜ「出身者が学長ではない大学は三流大学である」ということになるのか、その辺のロジックの妥当性にも首を傾げざるを得ないが、朔学長が在学中を通じて成績優秀者であり続けたのは事実であるし、かくも失礼千万な演説を開陳したのも後輩たちを叱咤激励したい一心からかもしれぬ。そして、福大を東大や京大と同等の大学に押し上げたというからには、福大教員となってからもさぞ立派な業績の持ち主に違いないと思うのは当然である。

 福大はHPで専任教員の業績リストを公開している。早速朔学長の業績一覧を見てみると、驚愕の「研究業績」数が目に飛び込んできた。2、30年のキャリアで数十本の著書や論文があれば十分、薬学系の最も業績の多い研究者でも200本という学界で、朔学長はなんと2636本もの「研究業績」(2022年6月20日閲覧)を残しているではないか!

 「業績種類別」を見ると、「著書」が73本、「論文」が2283本、「報告書」が17本、「学会発表・講演」が261件、「その他」が2件とある。難しそうな専門用語や英語タイトルが並ぶ画面をスクロールしていくのも大変である。

<中略>

<中略>

<中略>

<中略>

 東大総長に比肩するどころか、もはや人間業とは思えない業績数。自分の学生時代の成績優秀ぶりを、あのようなかたちで誇示するだけのことはある――そう感心しながら改めて「著書」リストからたどり始めると、あちこちで不審な点があるのに気がついた。

 同じタイトルの著書が何度も(1番+6番+12番、2番+7番、3番+8番)?

 表記は異なるが、これら(22番と24番)は同じものではないのか?

 

 『編集』(20番)、『巻頭言』(28番)というタイトルの「研究業績」書? しかも、「著書」というのに出版社情報の記載もない?!

 

 26番の英語「著書」は、著者名に朔学長の名すら上がっていない?!「著書」リストの冒頭の方でこんなに不審な点が満載ということは、その先に続く2000本以上もの「論文」リストは一体どうなっていることやら。

 

 こうして我々取材班は、リストアップされている各業績のリンク先にある詳細情報や、理系研究者が登録するという国立研究開発法人・科学技術振興機構の研究者情報、さらには、福大図書館の蔵書検索(OPAC)をはじめ、Web cat Plus、Google Scholar、国会図書館蔵書検索などの学術論文検索エンジンを使い、福大学長「朔啓二郎」の研究業績「2636件」の解明に乗り出した。その結果、これから示していくように、いくつかの手法とそれらの組み合わせによる大幅な業績数の水増し疑惑が浮上したのである。

(つづく)
【特別取材班】

(「研究業績2636本」の実態)
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