2024年07月26日( 金 )

【鮫島タイムス別館(5)】安倍国葬と英女王国葬を比べて気づく、権力と権威の区別があいまいになった日本(前)

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 安倍晋三元首相の国葬と英国のエリザベス女王の国葬が期せずして重なったことは、国家の「権力」と「権威」について再考する機会を与えてくれた。

 安倍氏は憲政史上最長の首相として国家権力を掌握し、退任後も凶弾に倒れるまで自民党のキングメーカーとして絶大な影響力を誇った。強大な権力者の国葬を行うことについて、国論は賛否両論で二分されている。内閣支持率は急落し、バイデン米大統領やマクロン仏大統領ら主要国のビックネームは参列を見送り、国内でも国葬欠席を表明する国会議員が相次いでも、岸田政権は国葬を強行する構えだ。

 日本社会は分断された。これでは何のための国葬なのかわからない。「あってはならない国葬」である。

 70年にわたって在位したエリザベス女王の追悼儀式は世界中で放映され、格調高い映像が多くの人々を釘付けにした。英国内では党派を超えて国家元首の追悼ムードが共有され、英国民の連帯感を再確認する機会となっているようだ。こちらこそが「あるべき国葬」だろう。

 英国も日本も国王(天皇)を持つ議院内閣制の国である。国民の選挙で選ばれた議会(国会)が首相を選出する統治システムだ。国王や天皇は政治権力をもたない国家元首=権威である。日本国憲法1条は天皇について「日本国および日本国民統合の象徴」と明記している。「権力=首相、権威=国王・天皇」と峻別しているところに大きな特徴があるといっていい。

 権力と権威を切り分けているのはなぜか。その答えを探るヒントは世界中に転がっている。権威と権力が一体化している大統領制の国を見れば良い。

 たとえば、米国。国民が選挙で選ぶ大統領は、国家元首であり、最高権力者だ。大統領選を僅差で制したトランプ氏は人権軽視や排外主義を躊躇なく打ち出し、社会の分断を煽って、リベラル勢力を敵視する自らの支持層を固めた。再選を目指した大統領選に敗れると支持者たちを扇動し、連邦議会占拠という歴史的事件を引き起こした。退任後はFBIの強制捜査を受ける身でありながら、次期大統領選への出馬を示唆して支持基盤を維持している。実に生々しい権力闘争だ。

 米社会は「トランプvs反トランプ」で大きく分断されたまま。国民の対立を煽りながら、なりふり構わず権力闘争を繰り広げる国家元首が「国民統合の象徴」であるはずがない。大統領制に内包する危機が一気に噴き出したのが今の米国だ。

 韓国は歴代大統領が退任後に逮捕される歴史を重ねてきた。国家元首であり最高権力者でもある大統領には権威も権力も集中する。敵対勢力が大統領の座を奪うと前任者の不正を暴いて断罪する。政権交代が起きるたびに韓国社会の様相は一変してきたのだった。

 戦前の日本も権威と権力が一体化していた。大日本帝国憲法は天皇が国家元首として統治権全体を掌握するとしていた。この結果、天皇の名の下に軍部が独走して先の大戦に突入し、国土が焦土と化したのだ。この反省から戦後憲法は天皇を「象徴」として権威にとどめ、国家権力と切り離した。

 権力は時に暴走する。それを食い止めるために議会、行政、司法と三権を分立させているが、それでも行政が実態権力を掌握し、強大になりがちだ。行政を牛耳る最高権力者が「権威」と一体化した場合、政治闘争を経て最高権力者が交代するたびに「権威」も消滅を繰り返す。長続きしない「権威」は敬われない。戦争に負けたり、犯罪で裁かれたりすれば、なおさらだ。

 国民から広く慕われる「権威」を維持するには、権力闘争とは一線を画し、権力の在り処には近づかないことが肝要だ。それでこそ「国民統合の象徴」であり続けることができる。権力と権威の峻別は、人類の長い歴史の知恵であろう。

 権威と権力を峻別した統治システム下では、国家元首の国葬は厳粛に行う一方、首相の国葬は避けることが、極めてまっとうな答えだろう。エリザベス女王の国葬が社会の連帯感を増し、安倍元首相の国葬が社会の分断を招いているのは、当然の帰結だ。庶民感覚でいえば「安倍さんは天皇じゃない」ということなのだ。 

 安倍政治と安倍国葬をめぐる日本社会の混乱が私たちに突きつけている最大の問題は、権力と権威の区別があいまいになり、この国の統治システムの根幹が揺らいでいることではないか。

 ここで7年8カ月続いた安倍政権とは何だったのかを振り返りたい。

 安倍氏は2012年末の衆院選で民主党を倒して政権を奪取した後、「民主党政権の悪夢」という言葉を繰り返し、自民党の支持率を引き上げた。そればかりではない。朝日新聞をはじめとするリベラル勢力を徹底的に敵視し、リベラル勢力を嫌悪する極右の岩盤支持層を固め、国政選挙に6連勝したのである。社会の分断を煽って支持を拡大する政治手法はトランプ氏と瓜二つだ。

 敵と味方を二分し、敵には厳しく、味方には甘い。そのような政治手法を象徴するのは、安倍氏が選挙演説中に安倍氏を批判する一般聴衆たちに浴びせた「こんな人たちに負けるわけにはいかない」という言葉だった。首相は自らを支持する人も支持しない人も含め全国民に対して責任を負うリーダーである――という民主国家の大前提をあからさまに否定し、自分を支持しない国民を敵視する姿勢こそ、安倍政治の真髄であろう。

 安倍政権については①権力を私物化して不正を重ねたこと②虚偽答弁や公文書改竄で不正を隠蔽したこと③大企業や富裕層に有利な経済政策を展開し、貧富の格差を拡大させたこと④自民党と旧統一教会の歪んだ関係を広めた張本人であること――などが「国葬」への大きな抵抗感を生んでいるが、それらに増して対立と分断を煽る安倍氏の政治手法そのものが国民の統合や連帯感の醸成を目的とする「国葬」にまったく適合していないと私は考えている。

(つづく)

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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