2024年05月17日( 金 )

「建築の不可能を可能に」 新築にはない再生ビルの価値(後)

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再生建築研究の再生事例

新築ホテル「アマネク別府ゆらり」と再生した「アマネクイン別府」が緩やかにつながるアプローチ(資料:アマネク-別府ゆらりHP)
新築ホテル「アマネク別府ゆらり」と
再生した「アマネクイン別府」が
緩やかにつながるアプローチ
(資料:アマネク 別府ゆらりHP)

 都市にエッジをつくらない。「大型の再開発は、都市にエッジを生んでしまうことがしばしばある」と神本氏は話す。再開発エリアからはみ出した隣接地では、数十年も時間が止まったようなところも少なくない。大分県別府市の再開発プロジェクト・アマネク別府ゆらりでも、このような懸念があったという。新しいリゾートホテルが建設されることで、既存商店街やコミュニティが衰退していくのではなく、それを拠点にして地域がより活性化していくようなホテルの在り方が模索されていた。

 「ホテルを拠点に地域が活性化していく場を生み出したい」という事業主の意思を受け、再生建築研究所が提案したのは、「施設内でアクティビティが完結する従来型のリゾートホテルではなく、周辺エリアを楽しむ起点となる地域活性化型ホテル」だった。ホテルでは夕食はあえて提供せず、ルームカードキーで周辺の飲食店の決済ができる「HEYAZUKE」システムを取り入れた。宿泊客がまちに繰り出す仕組みとし、ホテルだけではなく周辺エリア全体への波及を狙ったのだという。

HEYAZUKEシステムイメージ
HEYAZUKEシステムイメージ

 別府らしさを取り込んだデザイン、地域から人々を積極的に受け入れられるよう南北に通り抜けできるエントランスホール、1~2階を街に解放するデザインなども、再生計画のポイントだ。既存のビジネスホテルとは一線を画し、内外装だけでなく、エントランスの位置を変更するなど、より街に開かれた建物として再生された。三面接道と広い敷地を生かした低層部のデザインが、別府の街に溶け込むように工夫されている。新築・再生の2つのホテル計画をきっかけとし、事業主の意思が波及するかのように、周辺の商店街店舗から声がかかり、再生建築研究所では再生も複数手がけた。

 同社は1977年築の結婚式場・原宿 東郷記念館(渋谷区)の再生にも関わった。近代建築に新しいデザインを取り入れ、伝統と革新を融合させた次世代の日本美を採用。一般的に耐震補強といえば、「鉄骨ブレース」といわれる筋交いによって施工されるが、同社の再生プランでは躯体の外側にバルコニーを設け、これを補強とすることで、耐震性と外観デザイン、さらに屋内からの眺望を同時に成立させた。

 また神本氏は、約100年ぶりとなる東京大学総合図書館の再生にも携わった(※東京大学生産技術研究特任研究員・川添研究室として)。5層吹き抜けの階段は、現行法ではシャッターなどですべて区画しなければならず、そのために再生計画が行き詰まっていたという。神本氏は「法令の条文をそのまま読むと、シャッターは必要となる。ただ、工夫の余地はあって、機能を担保したままシャッターを設けずに、美しく仕上げることも不可能ではないということがわかった」といい、結果的に吹き抜け階段を維持することに成功した。

 同社が意識する美観は、新築ではつくれない、時間の経過が見てとれる「再生建築」であることだ。ここからは、同社が手がけた再生事例について紹介する。

神南一丁目ビル(東京都渋谷区)

神南一丁目ビル

 渋谷の音楽文化をつくってきた老舗ライブハウスが入居したまま、旧耐震の飲食ビルをオフィスビルへ再生した。既存躯体へ張り付けられた湿式石貼りの剥落、確認申請の履歴のない違法増築などが見受けられ、継続して使用するのは難しい状態であったが、物件を取得したオーナーの要望は、「居ながら」「コストを抑えて耐震補強」「オフィスへコンバージョン」という要望だった。

 まず、採光や用途上開口が必要なオフィスへのコンバージョンに際し、既存の無開口状態から開口を新設。新設される開口は、既存開口とのバランス、道路との関係性、空地の抜けを踏まえて設けられた。開口の新設は、カッターと躯体の斫りによって行われた。断熱材補強を施したうえで外壁躯体ラインの内側にサッシを取り付ける「インセットサッシ」によって、適切な温熱環境に配慮。外壁については、湿式石張りの除却により、あらわになった躯体にはモルタルが一部残るほか、非常に精度の悪い下地として外壁部分が残ったが、外壁材が剥落することがないように、あえて通常下地材として使われる左官処理によって仕上げ、躯体表面の凹凸や開口部などの斫りによって生まれる偶発的な要素を意匠として残した。

100BANCH(東京都渋谷区)

100BANCH

 旧耐震の鉄骨造3階建ての事務所・倉庫の再生計画。事業者は耐震診断・耐震補強を計画していたが、検討していた補強案は、建物の中央にブレースが入り、また唯一の開放面である道路側の窓も補強で塞がれ、テナントに貸しづらいプランとなっていた。

 再生建築研究所では耐震診断・補強設計を見直し、意匠・構造・法規を並行して検討することで、全体計画と合わせた耐震補強を設計した。柱脚部分が弱い1階部分は、すべての柱の下から1mを巻き立て補強することで、内部にブレース等のない、自由にプランニングできる空間とした。

 天井の高い切妻屋根で、非常に開放的な空間だった3階部分は、補強をあえて分散させ、総量としての補強は増えるかたちとなるものの、全体を広く自由に使える計画とした。一般的に補強はより小さく行うことが好ましいと考えられるが、今回のケースでは空間を分割して使いにくくなってしまうことから、あえて補強を分散させた。この補強は、防煙垂壁としても機能し、天井を張らず、開放的な倉庫空間のまま事務所として使うことを可能とした。今では渋谷を代表するインキュベーション施設として活用されている。

Rebreath Hongo 2018(東京都文京区)

Rebreath-Hongo-2018

 建替えすると容積が減少してしまう賃貸マンションの再生。新築では得られない既得権を最大限に活用するため、また新築では南側に庭をつくれないため、再生を選択した。耐震補強および断熱改修したうえで、外廊下を内廊下へ、1室の面積を30m2から45m2へ変更し、当然ながら内装や設備機器も最新のものへ更新された。再生前は1フロア3戸(各30m2)だったのを1フロア2戸(45m2)とし、また庭は1階住戸の専用庭として活用され、ファミリー向け物件としてそれぞれ収益性の向上にも貢献している。こちらもバルコニーの手すりなどを除去することで開口を広げたうえで重量を減らしたことが、耐震性向上へ貢献している。新築と比較してCO₂の削減、日射取得の向上をはたしている。

神田錦町オフィスビル(東京都千代田区)

神田錦町オフィスビル

 検査済証がなく、容積率の超過、道路斜線の制限違法といった違法建築の再生。また、旧耐震基準の建物のため耐震補強をともなう改修計画、採光通風などの執務環境の改善、避難経路が1つしかないところなどの改善が必要だった。隣地との間に設けられた塀により、未活用だった公開空地も課題となっていた。

 大きく躯体を減築することで、重量を軽くし、最小限の補強とした。また、減築により採光通風を確保する間口を設けることにもつなげた。容積超過解消のために3分の1を減築する必要があったが、フロアを減らすのではなく、建物に吹き抜けを設ける減築とした。減築されたのは真北の接道部分で、吹き抜けとすることで採光が効率的となった。

(了)

【永上 隼人】

(前)

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