2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(4)トラベルバブルを運ぶ「安心カプセル」

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全国旅行支援はコロナとともに

 1月10日からの全国旅行支援第2弾は復興効果の継続を狙うとして、割引率を下げている。支援額は1人1泊あたり最大1.1万円を0.7万円に縮小、かつ新規予約のみを対象とした。

 さて全国旅行支援第1弾では、コロナ禍前以上の入込を見せた観光地があると聞く。行動自粛が薄らぎ、官製の気前良い支度金が追い風となって、我慢していた国民の旅欲求が一気に解放されたのはわかるが、この突発的伸長が観光地の底力によるものとは、素直に受け取れない。損得勘定で動いたマーケットに目を曇らせ、安堵の油断で地域観光の新芽が摘まれないよう願う。“密”を避ける志向をキャンペーンワードに映した「新たな福岡の避密の旅」の新編成と売れ行きは、思惑通りにいったのだろうか。新型コロナの5類感染症への降格が検討され始めたとはいえ、“新しい生活様式”での余暇形態へは注視が必要だ。

“密”を大好物とする仲間たち

 密を敬遠する世相がある一方、耳の奥に残りこだまし続ける言葉がある。

 「青春って、すごく密なので」──2022年夏の甲子園で全国初制覇した仙台育英学園高等学校、須江監督の優勝インタビューでのワンフレーズ。この年の新語・流行語大賞で審査員特別賞が授与されたほど、共感し、胸を打たれた人たちが日本中にいたのだ。

 20年夏の大会は見送られ、21年夏も原則無観客での変則開催だった。22年夏は、制約がありながらも有観客で実施された3年ぶりの全国大会となった。東北勢として悲願を達成したことに加え、監督の発した「入学式どころか、おそらく中学校の卒業式もちゃんとできなくて。高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とはまったく違うんです。青春って、すごく密なので。でもそういうことは全部『だめだ、だめだ』と言われて、活動していても、どこかでストップがかかってしまうような苦しいなか、でも本当にあきらめないでやってくれた」という言葉は、国民の間に自身の若かりし頃の郷愁を誘っただけではなく、今現在の“密”への希求、すなわち仲間との協同欲求を呼び覚ましたように思う。

「濃密な旅」で深まる仲間との連帯と価値
「濃密な旅」で深まる仲間との連帯と価値

    強化合宿や遠征試合の多くが取り止めの憂き目を見たのは、彼ら生徒、学生だけではない。社会人、家庭人にあっても普段ならコミュニティ単位で心湧き立つ“密”な旅やレジャー機会を企画実施できたものが、自粛要請期間には控えざるを得なかった。しかしWithコロナの今日、“すごく密な青春マインド”を支える術は、およそみえてきたのではないだろうか。強い連帯欲求を持つ団体・グループを安心安全に旅させる方法が編み出されていい時期にきているのだし、それが可能な情報や経験、知見を我々は蓄えてきたように思いたい。「観光交流まちづくりって密なんです」と叫んで、胸のつかえを取り払いたいのだ。

クローズドな密の塊に価値

 九州アイランドには、縦横無尽に高速バス網が走る。リーズナブルで便利な交通手段はほど良い時間距離で拠点を結び、レジャー往来を後押しする。コロナ禍には移動自粛や享受できる便益の面で県境が幾度も立ちはだかったが、このバス網は九州を1つの生体として機能させる血流であり、細胞の隅々まで活力をおよぼす熱源だ。その活力は行き先の地勢に応じてメタモルフォーゼし、県の違いというより“邦”の特徴を発揮させる。

 “邦”がブランディングを意識し小ロットのレジャー体験を提供し得るなら、気心の知れた仲間集団、つまり三密を喜んで共有するグループやコミュニティによる目的的な旅を頻度高く受け入れる地域(細胞)を活気づけると考える。

 「トラベルバブル」の発想は、そもそも「家族」「恋人同士」「地域サークル」「コミュニティ団体」「職場」といった三密集団を特定の“塊”と捉え、その間については緩やかに対応し、観光行動を支援しようとするものだ。他の“塊”や不特定多数の群集とは慎重に“ソーシャルディスタンス”を保持する。要するに「トラベルバブル」は「三密」になりたがる特定者を守る術なのだ。

 「安心カプセル=貸切バス」を“塊”マーケットへ働き掛け、西海道各地に新たな来訪魅力を発芽させ、往来需要を頻度高く取り戻していこう。コロナ禍以降、高速バスや夜行バスは「密」とみなされ、運行再開のハードルが高かった。しかし、日常的に接しコロナ感染の疑いのない仲間が“塊”乗客となり、出発地と到着地の間を適正に衛生管理されて往復するなら、クローズドなバスはWithコロナ時代にむしろ安心旅をアピールできる。

 怒涛の全国旅行支援が鎮まった後、賢い旅に感付いた良民には、九州アイランドの宝、バスのアクセシビリティを活用し、『濃密な旅』を幾度も満喫してもらおう。


<プロフィール>
國谷 恵太(
くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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