2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(3)祝杯あってのスポーツツーリズム

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サポーター散財の受け皿を

レガシー合宿地では一流選手気分を味わいたい
レガシー合宿地では
一流選手気分を味わいたい

    世界最大のスポーツイベントは、観光交流まちづくりの縮図に見える。全国旅行支援の顛末はひとまず置いておいて、サッカーW杯2022を通したスポーツの地域振興策について考えてみたい。

 開催国カタールはもちろん、世界中のテレビ、スポーツバー、パブリックビューイング、ネット配信などを通じて世界50億人を歓喜と落胆の大波に飲み込み、本号が発刊される12月末には優勝チームの母国凱旋も終わり、表向きの熱狂は一段落していることだろう。が、スポーツツーリズムはひとときの熱狂に寄りすがって成り立ってはいない。伝統ある大会で成し遂げられる偉業は称えられ、記録として残り、妙技は競技人口を拡大していく。そしてファン層が再生産され、レガシーはさまざまなビジネス領域へ浸潤していく。

 そんなスポーツ産業のなかでも、サッカーは“スポーツマフィア”と呼ばれる強力な集団が商機を極大化し、実益を独占してきた。他方、大会を迎え入れる地域は、スタジアム等の整備で土建業は恩恵を得るが、ソフト振興ではあやかり戦略が未熟。とくに我が国では、ツーリズム面で便乗しきれる知恵や強(したた)かさが不足しているように思う。

サポーターは“不備”が楽しい

 W杯2002日韓大会に、わかりやすい例がある。“生真面目”が裏目となった新潟と“不十分”が瓢箪から駒を生んだ大分。
 大会前年の01年、テスト大会を兼ねた大陸間選手権が開かれ、新潟スタジアムは会場の1つとされた。運営者は、上越新幹線で東京から観戦に訪れた人たちを新潟駅から会場まで輸送するのに手こずり、本大会へ向けた反省点とした。そして翌年、新潟は緻密なシャトルバス態勢を敷き、東京からの観戦客に新潟駅降車後から非の打ちどころのない送迎を提供した。他方、大分は大分駅にシャトルバス乗降所を設けることができず、会場到着後もスタジアム入場まで少しばかり歩く動線を敷かざるを得なかった。

 で、どうなったか──。水も漏らさぬ輸送を完遂した新潟では、観戦客は現地新潟に宿泊する必要はなく、街へ繰り出すこともなかった。スタジアムで観戦を終えた人たちの多くは、試合後瞬く間に東京へと姿を消した。便利な新幹線と手際良い誘導・輸送は、気分の高揚した観戦客を新潟の街中へ誘い入れ、金を落とさせることはなかったのだ。

 反対に、万全な対応とならなかった大分では、列車を降りた意気盛んなサポーターたちは、直行バスの乗場まで駅前を少し歩かされ、降車後もスタジアムまで10分ほどを歩かされた。つまり、バス乗降前後、彼らは自らを大いにアピールし鼓舞し、帰路に祝い酒をどこであおるか見定めながら、商業地内をランウェイのごとく練り歩くことになったのだ。

競技の周縁に覗く地場の商機

 祝杯にせよ苦い酒にせよ、サポーターは高ぶる魂を落ち着かせる場に仲間と立ち寄り、時間を共有し、語り尽くしたいのだ。財布の紐は、気前良く緩む。当時、フーリガンへの過剰な警戒感はあったが、祝宴経済の観点から見れば、日韓大会における新潟はトホホな機会損失だったわけだ。

 もちろん大会主催者は、自らの権益、商機がこぼれ落ちないよう目を光らせる。権威あるイベントになればなるほど、公式スポンサーすら厳密な規定に縛られる。しかし、開催地の地元商業者は指を加えてチャンスを逃す手はない。ファン心情を捉える小技を駆使すべきだ。

 スポーツツーリズムでまちおこしを考えるとき、トップチームやトップ選手に焦点を当て過ぎないことだ。彼らは好成績を収めることが至上命令で、市民と交流することは、端的に言って眼中にない。緊張する大会期間、選手に息抜きは重要で、そうした機会を開催地のまちづくり施策へ親和させる取り組みは地域側に必要だが、むしろ観戦や応援のため開催地へやって来るファンやサポーターの行動心理を理解し、彼らこそを主役へ祭り上げる機会を、地域振興の縁辺にあれこれ仕込むことが大切だ。大会後の平時においても、競技にまつわる喜怒哀楽を適切なエンターテインメント/サービスへ置き換える知恵が、街を活気づけ商いへとつながる。

世界水泳をシティプロモーションに

宿泊時、大切な愛車は自室へ持ち込み愛でたいもの
宿泊時、大切な愛車は
自室へ持ち込み愛でたいもの

    コロナで延期された世界水泳選手権が23年夏、福岡市で開かれる。大きなスポーツ大会は今後も、九州各地で開かれていくだろう。サッカーやラグビーのW杯を経験し、キャンプ地誘致経験も豊富な九州は、スポーツツーリズムの基盤として先進性を備えていそうに思う。そのうえで望みたいのは、“体育系”の事業発想から脱し、訪問観戦客や市民がスポーツを丸ごと楽しめる環境づくり、プログラムづくり、コミュニケーションづくりの充実だ。

 掘っ立てパブリックビューイングでまったくのOK。ミニコートがあれば、なお嬉しい。地域色の濃い空間や応援スタイル、土地の勝ちメシ、地ビール等々。そうした受け入れ機会を、大会時には主催者やスポンサー企業の権益に触れないよう、客動線や街中で柔軟に案出していってほしい。観客、サポーターは多くの場合、草チームのプレーヤーでもあるから、そうした地場の企みに乗りたくてウズウズしている。勝っても負けても応援訪問の痕跡を人生に刻みたい、勝敗のあやを誰かれ構わず語り合い、肩を叩き合う体験をしたいのだ。ツーリズム要素が精神解放を思いっきり後押しする。策を練るんだ!ニッポン。


<プロフィール>
國谷 恵太(
くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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