2024年05月05日( 日 )

九州の観光産業を考える(5)複合商業施設の引力は触感ある幻視

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ショッピングは時間消費の場へ

 首都高速湾岸線を千葉方向へ走ると、巨大なスケルトン構造物が右手に仰ぎ見られた。今はないSSAWS(ザウス)の威容。ポリマー樹脂を冷やし雪状にするのとは違い、噴霧する水を冷気に晒して降雪させ、屋内に500mの滑走面を実現した通年の人工スキー場・ザウスは当時、その名を全国へ轟かせた。船橋ららぽーと(現・ららぽーとTOKYO-BAY)は、そんな恐竜を想わすレジャー施設を隣にはべらせ、我が国の複合商業施設の先駆けを邁進した。

 2006年開業の豊洲ららぽーとはドッグランを設け、ファミリー層の語らいや笑顔を場内に仕込んだ。22年春開業のららぽーと福岡は門番に実物大ガンダムを仁王立ちさせ、空中庭園のような市民農園、屋上の200m陸上トラック、フットサルコート、キッザニアなどを従える。デベロッパーの流儀は、多様な“Fun”を場内に散りばめ、立地近郊のライフスタイルと体験型コンテンツを併走させる系譜のようだ。

ららぽーと福岡のシェア畑が
食への関心と多頻度訪問を生む

    我が国の商業コンプレックスにはもう1つ、ホートンプラザの系譜が観察される。1985年、米国サンディエゴで起こった複合用途開発は、その革新性が注目を浴び、我が国からも視察団が相次いだ。来場者を楽しくめぐらせて滞在時間を延ばし、消費を促すラビリンス式回廊が注目を集めた。そして似通った商業施設は、日本各所で現れる。つかしん(85年)、市川コルトンプラザ(88年)、キャナルシティ博多(96年)、浦安イクスピアリ(2000年)―商業施設開発者のあいだでは、回遊性や界隈性が盛んに論じられることとなった。

迷宮の設えと視覚のデザイン

 ホートンプラザは、建物のカラフルな色使いに目を奪われる。南カリフォルニアの強い日差しとメキシコ国境に近いことで、大胆でラテンぽい装飾が似つかわしく映る。しかし、ここの注目点は不整形を想わせる街区、迷路のように入り組んだ客動線、エッシャーの錯覚絵のようなエレベーション構造にある。訪れるたびに思いがけないシーンに出くわす楽しさは、まだ知らぬ歓びがあるに違いないと想像させ、再訪動機を繰り返し起こさせる。

 こうした景観技法は、洋の東西を問わない。訪問客が歩いてたどる動線の視界を規定する要素は、見通し、湾曲、鉤型に屈曲、仰角、俯角がある。これらを組み合わせ、またそのタイミングを図ることで、目に入るものの印象を操作することができる。見通しの効く動線空間では、アイストップ(eyestop)となる象徴物を吸引力として歩を進めさせ、湾曲する小路や急角度に屈曲する辻では、あるいは階段を前にしては、歩行者が目線を左右に振ったり上げ下げしたりするなかで、施設側が見せたいものを、見せ方を演出制御したなかで印象づける。景観のグラデーション、景観のどんでん返しを使い分け、来訪客を楽しく歩かせ、手中へ引き込むのだ。

 反対に、見せたくないものは擬態めかして印象から消し去る。曲がりくねらせた客動線の背後では、要員や商品をドラマチックに供給する裏(サービス)動線を効率良く敷くことも考え合わせる。

空間の魔法をどうか解かないで

 商業コンプレックスの目的は、空間演出や動線づくりの結果として、訪問客に物品の購入なり有料サービスの享受なりエンターテインメントへの耽溺なり、何らかの消費行動を引き起こしてもらうことだ。ディズニーランドパークは訪問の最初と最後に、物販ゾーンを通過する強制動線を敷いている。極論すれば、退園する最後の最後、魔法の解けないうちに買い物をしてもらうよう、入園以降のアトラクション、ショーが紐づけられているのだ。この物販ゾーンは外側路面に沿っては個店を装うものの、内側は隣店へ通り抜け自在で、多品目におよぶキャラクター商品が四方から容赦なく秋波を送る。

 テーマ空間で肝心なのは、ひとたびゲストを虚構世界へ招き入れたなら、最後まで心地良くたぶらかし続けることである。途中で興ざめさせたのでは、すべてが台無しになる。我が国の商業施設や宿泊施設で惜しいのは、テーマ設定で非日常の世界感を唱えても、目に見え触れられる個所に、汎用規格の建材や建具が平然と幅を利かせているところ。普段接する様式や質感がそのまま空間に持ち込まれていたのでは、たちどころに生活臭の立ち込める日常へ引き戻され、消費意欲は失せる。

桂離宮は随所に粋で雅な視覚トリックを仕組んでいる
桂離宮は随所に粋で雅な視覚トリックを仕組んでいる

    建築コンセプトを理解しない現場運営も散見される。逆に運営を理解していない建築デザインもあるのだが、いずれもコンセプトも何もあったものじゃない。消防法や建築基準法を遵守しつつ、良い意味で違和感を生む空間づくりを賢く全うしてほしい。

 これからの消費生活では、時間消費も衝動買いもなくなるかもしれない。しかし、通販の一方的な隆盛ではなく、リアル店舗の出現は否定できない。それでも、大方の消費財を、質感、量感とも把握してしまった人たちに、カタログ掲載品をたしかめるだけの機会はそっけない空間で足りるかもしれない。たくさんの集客を狙ってきた商業施設を成立させる要件は変わっていくだろうか。従来の店舗づくりがどこまで有効か、幾分不安を覚えるが、コロナ禍で多くの人が引きこもり状態を強いられた結果、心身の安定には外出や対面でのコミュニケーションが欠かせないと気づいた現状がある。もうしばらく実空間は、メタバース世界に対抗できそうだ。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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