2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(6)「味の景勝地」がインバウンドを呼び込む

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九州の本場モンは、九州で味わってこそ

 インバウンド需要をさらに高めていくには、ゴールデンルートから外れた地方の魅力をアピールし、いかに客足を導くかがカギとなる。再訪率が上がれば旅行目的は多岐化し、また深まっていく。そして、日本の食に関する関心・欲求がその大きな原動力になるのは、いうにおよばない。

壺畑のインパクトある生産風景が食体験を特別なものにする
壺畑のインパクトある生産風景が
食体験を特別なものにする

    日本政府観光局と日本貿易振興機構、日本食品海外プロモーションセンターは、「日本の農林水産物・食品の輸出とインバウンド観光の促進に向けた相互連携に関する覚書」を昨年12月に締結した。それぞれの知見や業界ネットワーク、海外消費者への訴求力などを生かし、相乗的な業務拡大を目指すというものだ。これには伏線がある。農林水産省が認証制度「食と農の景勝地」を2016年に創設し、間を置かず「SAVOR JAPAN(農泊食文化海外発信地域)」へ特化した図式だ。我が国の多様な地域の食やそれを生む農林水産業、特徴ある景観等を効果的に海外へ発信し、農山漁村を訪れるインバウンド客を増やそうという目的は一貫する。これは、単に農業地域の観光資源化というのではない。

 海外における日本食に対する関心が「和食」のユネスコ無形文化遺産登録などを通じて高まり、インバウンド客は“本場モン”にめぐり合いたい欲求を携えてきている。九州アイランドは欧米からの来客比率を高める余地の多い、本場モンを有す地方であると再認識したい。

「味の景勝地」というテロワール消費

 「味の景勝地」が「食と農の景勝地」「SAVOR JAPAN」の起点となっている。1993年、フランスの政府機関DATAR(国土整備・地方の魅力省庁間庁)が20年後の農村の在り方を研究し、①標準型(食糧自給の中心となる大規模農業)、②高品質型(厳格な審査基準の認証を得た高品質の食糧・食品を生産)、③サービス型(農村観光などとの複合経営農業)の3タイプを想定した。農業施策「Sites Remarquables du goût(SRG)」として、フランス全土の優れた農畜産と生産地風景の一体的価値を顕彰し、都市部に暮らす消費者層に向け中山間地への旅を推奨したのだ。

 2006年、我が国ではSRGに「味の景勝地」の訳語が当てられ、日本列島でさまざまな特色を有す一次産業に直結する素材を、ツーリズムのセンスと節度のある方法で活かす手法を普及させようと提唱された。②と③を高地や中山間地域など条件不利地域で一体的に進め、地域振興を図ろうというわけだ。“出自のたしかな食”と“物語性に満ちた掛け替えのない旅”の強力タッグ。欧州人の大好物だ。

「味の景勝地」には次の4つの認証定義がある

a. 伝統と知名度を有する特徴的かつ高質な地域農産品あるいは生産活動
b. 産品や生産活動に結び付く、特徴ある景観や建物、文化的な遺産構造物
c. 旅行者に対し食・景観・生産者のつながりを理解させられる受け入れ態勢
d.上記が相乗効果を発揮する農業・観光・文化・環境に関わる人々の組織

郷土料理とは限らない“テロワール”

 認証要件が重なるほど競争力のあるブランドとなる。生産地の価値を高め、広く消費者へ購買意欲や現地訪問への動機を喚起する。その土地に根付く風土、すなわちフランスでいう“テロワール”が深く作用しかたちをなす“食×景観”“味×体験”を、ツーリズムの繊細な配慮をもって展開していくのが「味の景勝地」だ。たとえば、地域特有の石積み技術、作業小屋の破風デザインなどは「味の景勝地」の重要なアイコンとなる。

 昨年12月20日、(公財)福岡県観光連盟は「福岡県インバウンド県内周遊促進事業」を公募した。「水際対策の緩和によりインバウンドが本格的に再開したこの機会を捉え、コロナ禍以前に外国人観光客が集中していた福岡県内の政令市(福岡市・北九州市)以外の県内観光事業者が収益を得られる状況を早急に構築するため、政令市以外に宿泊・観光するインバウンド向け旅行商品を造成する県内旅行事業者を支援し、県内周遊を促進するもの」が事業目的とされた。

 受託したのは大手旅行代理店だった。告知から事業終了までわずか100日間の短期決戦や達成KPIの明示など、発地型旅行商品を扱う大手しか応募し得ない細目だったから、妥当な流れかもしれない。留意したいのは、経済効果がどこにおよんだのかだ。

あか牛が食む1000年の歴史を誇る阿蘇のカルデラ大草原
あか牛が食む1000年の歴史を誇る
阿蘇のカルデラ大草原

    筆者は本稿冒頭で紹介した国絡みのインバウンド施策と「味の景勝地」を念頭に、都市部を外れた地方素材の組み合わせをあれこれ思い浮かべていた。上記採択事業は宿泊事業者への助成金にとどまり、インバウンドを九州のテロワールへ誘うものには残念ながら見えなかった。「味の景勝地」では一次産業従事者を観光事業者の範疇に捉え、“田舎”に十分な恩恵をおよぼそうとする。マス観光を避けて地方へ回遊するインバウンド客へのもてなしに、背伸びは無用。地域固有のスタイルがテロワールであり、そこに欧州系インバウンド客が感激する。角打ちにリノベーションした古めかしい納屋など、オタカラ発見なのだ。

 外国籍クルーズ船の航行が再開される。船客は富裕層だから品の良い商品を提供すべきというステレオタイプな思い込みから、寄港地ツアーにはかしこまった企画が提示されがちだが、クルーズ客は再訪の達人。片田舎にどっぷり浸かる食体験は、日本文化のファン層を厚くする。船客に限らずインバウンド客へ向けて、関係者には算出しやすいKPIの数値におもねることなく、地域に根を張る田舎ツーリズムを息長く形成してほしいものだ。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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