2024年05月20日( 月 )

1期目の取り組みをさらに加速 「オール古賀」で新たなステージへ(前)

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古賀市長 田辺 一城 氏

古賀市長 田辺 一城 氏

 福岡都市圏北東部に位置し、豊かな自然環境や交通アクセスに恵まれた立地から、ベッドタウンや工業団地、物流拠点などの多様な発展を遂げてきた古賀市。同市では2018年12月に就任した市長・田辺一城氏の主導で、数々の先駆的な取り組みが進められてきた。2期目を迎えたばかりの田辺氏に、1期目の振り返りと2期目の展望について聞いた。

「対話と交流」を大切に、長年の懸案事項に取り組む

 ──昨年11月の古賀市長選挙では、無投票での再選をはたされ、12月23日から2期目を迎えられています。まずは1期目を振り返って、いかがでしたか。

 田辺一城氏(以下、田辺) 38歳で市長に就任させていただき、1期目4年間は、私としては全力を尽くしてきました。やはり“オール古賀”を掲げて市長になりましたので、あらゆる立場の市民の皆さまとともにまちづくりをしていくという決意で、務めをはたしてこられたかなと思います。

 昨年11月に行われた市長選挙では無投票での2期目の決定となりましたが、約6万人の市民の皆さまに、これまでの1期目4年間の古賀市政を評価およびご理解をいただけた結果でもあるのかな、というふうに思っています。ただし、今回はどれだけ信任いただけているかという数字が得票というかたちで見えませんので、いっそう謙虚に気を引き締めて、1期目から大事にしている「対話と交流」によって市民の皆さまの思いをつかみながら、2期目に臨んでいかなければならないと思っています。

 そうした前提で1期目を振り返ると、「産業力の強化」「チルドレンファースト」「誰もが健康で安心して暮らしていける地域社会」──という大きな3つの柱に基づいて、さまざまな取り組みを進めてきました。掲げた公約については、ほぼ達成ないし着手をできたと思っています。また、たまたま私の1期目在任中に、まちづくりの10年間の指針となる「第5次総合計画」を策定するというタイミングでしたので、私のまちづくりの理念を、この10年間の長期の計画に注ぎ込むこともできたかな、とも思っています。

 ──1期目4年間とひとくくりにいっても、コロナ禍前とその後とでは、市政の舵取りにおいてもさまざまな違いがあったのではないですか。

 田辺 1期目の前半―コロナ前までは、まずは市が抱える長年の懸案事項にしっかりと取り組んで、解決していくことに努めていました。大きなところとしては、JR古賀駅の東口エリアを中心とした駅周辺の再開発を“一丁目一番地”と標榜して市長就任直後から取り組んだ結果、最大の地権者であるニビシ醤油(株)さまと、2019年11月に「JR古賀駅東口周辺地区における街づくりの検討に関する協力協定」を締結することができました。この協定締結をスタート地点とした中心市街地活性化に向けた具体的な動きは、今も続いています。

 また、産業力の強化に向けた企業誘致にも注力しました。首長は、まち全体をマネジメントする立場ですから、今現在の税収はもちろん、将来の税収の確保によって、まちの持続性を高めるということが非常に重い務めだと思っております。そのため、しっかりと企業を誘致するための土地利用転換に取り組むことを重要なミッションとして自分に課して、就任直後から着手し、その結果として、今在家地区、新原高木地区、青柳大内田地区、青柳釜田地区などの大きな開発を動かすことができました。

“前例なき対応”の連発で、市民の安全・生活を支える

古賀市役所    ──20年春ごろからは、国や県に先駆けて古賀市独自で、さまざまなコロナ対策を打ち出されました。

 田辺 日本における新型コロナウイルスの感染拡大が本格的になってきた20年3月ごろからは、感染症の危機管理対応が当市としても最重要になりました。具体的に、まず念頭に置いたのは、「子育て・教育の現場を支えること」「経済的困窮を支えること」「事業者支援」の3つです。これは、先ほどお話ししましたまちづくりの大きな3つの柱と重なりますので、結果として、まちづくりの理念をそのまま危機管理対応にもつなげることができたと思っています。

 たとえば、中小の事業者に対する臨時の支援金であったり、一人親家庭への5万円の給付金であったりなど、列挙していくと枚挙にいとまがありませんが、現場からの声だけでなく、「今どういう課題が生じているか」「今市民に何が必要か」などと想像力をフルに働かせながら、国や県に先んじて、さまざまな観点からの対策を講じることができました。

 手前味噌な面はありますが、首長が覚悟をもって決断し、職員が一丸となって取り組むことで、行政が一番不得手とする部分である“前例なき対応”を連発しながら、困っている現場や市民の皆さんを助け、支えるという取り組みができたと考えています。

 ──そうした市民の安心・安全面を守る取り組みのほか、コロナ禍をきっかけとした地域資源の存続にも力を入れてこられました。

 田辺 コロナ禍の影響で休業を余儀なくされた薬王寺温泉の旅館「快生館」を、社会の価値観に合わせたかたちで生かしていくことを模索し、その結果、リノベーションしてサテライトオフィスやコワーキングスペースなどの新しい働き方に対応する拠点の形成に至りました。これもある意味で危機管理対応だったと思いますが、天然温泉という地域資源が失われることで、古賀市のまちの力が削がれてしまうことを危惧し、そのとき考え得るベストな方策を探し当てた結果で、うまくピンチをチャンスに変えることができた事例ではないかと思います。

(つづく)

【坂田 憲治】


<プロフィール>
田辺 一城
(たなべ・かずき)
1980年5月、古賀市出身。福岡県立福岡高等学校、慶応義塾大学法学部法律学科を卒業後、2003年に毎日新聞社入社。11年4月に福岡県議会議員に初当選し、2期務める。18年12月に古賀市長に初就任し、現在2期目。政治信条は「現場主義」と「対話」。みんなで共に進む「オール古賀」の市政運営でまちづくりを展開中。

(後)

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