2024年05月13日( 月 )

リジェネラティブ・デザイン論、都市の「逆開発」考察(2)

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脳と身体(人工と自然)とのつり合いが重要

 日本には約1万4,000の一級河川があり、国土の7割近くが109の一級水系に覆われている。それ以外でも、二級河川や準用河川、あるいは暗渠(あんきょ)となった川の流域に属している。日本列島は「流域構造」に埋め尽くされているのだ。

 「山と谷と湿原と水辺」のセットの地形とは、台地や丘陵の端っこにできた「小流域」地形のこと。小さな水の流れが山や台地の縁を削り、谷をつくり、湿原を産み、扇状地を設け、小さな川が海や湖や大きな河川に流れ着く。たとえば国道16号線は、「小流域」地形が数珠つなぎになった道路。東京の中心部からほぼ30km外側、東京湾をふちどるようにぐるりと回る、実延長326.2kmの環状道路だ。ここを通過する4都県27市町の人口合計は約1,200万人、16号線通過区の人口だけを合算しても850万人にのぼる。

 16号線エリアでは今、子育てが終了し、高齢化した世代が転出する一方で、新たな子育て世代が次々と移り住んできている。できれば都会の便利さ、受験教育の受けやすさと、郊外の自然度の高さや、ゆったりした間取りの家、両方の良いとこ取りをしたい。そんなとき、都心から30km圏内の16号線エリアは、現実的な選択肢として浮かび上がってくる。通勤には1時間ほどかかるが、不便というほどの距離ではない。週末は自動車に乗って地元の店で買い物をすれば、都心以上に便利で楽しい。アミューズメントパークや海や川や山も目の前にある。近隣の私鉄駅前には都心と変わらぬ商業施設や受験産業もそろっているし、駅からちょっと離れた住宅地ならば一軒家も夢ではない。賃貸物件も充実している。子どもの受験や通学も何とかなる…。

 地形の変化が豊かな16号線エリアには、同時に大きな自然も控えている。大規模な自然公園があり、海や川や山の緑に徒歩でアクセスもできる。田畑も多いから、共同菜園を気軽に貸してくれるところも見つかる。地元でサーフィンも、本格的な釣りも、トレイルランも、昆虫採集も、趣味の畑仕事も、ポタリングもできる。都心の利便と自然の安らぎを混ぜた生活が容易に実現するエリアなのだ。

国道16号線 引用:route01.com

「地形に戻す建築/逆開発」の時代へ

 都市の魅力とは何だろうか。自然のある田舎の良さとは何だろうか。その併在はあり得ないだろうか。都市はインプットに役立ち、田舎はアウトプットに役立つ。都市には人との出会い、チャンスとの出会いも多い。

 理想的なのは、都会暮らしと田舎暮らしの「二拠点」をもつことだろう。田舎では非論理の右脳が、都会では論理の左脳が刺激を受けて、その間を行ったり来たりしていると、その中間にある大切なものが良く見えてくる。人間が設計しなかったもの、脳のなかになかったものに触れる瞬間だ。

 コロナ禍で旅行や外食などの行動を制限された都会の人々が、「身近な自然」にはっきり興味を示すようになった。「身近な自然」を渇望した人々は、もう少し大きな自然が近所に欲しくなる。たとえば徒歩圏内にきれいな海岸や広々とした河川敷をもつ川、緑あふれる山があれば、どんなに気持ちが良いだろう。それでいて、都心のオフィスに通うこともできる。そんな都合の良いエリアはないだろうか、と。

 「山と谷と湿原と水辺」は人々を呼び寄せてきたが、16号線エリアをはじめ多くの小流域のほとんどは今、原型をとどめていない。住宅地になったり、商業地になったり近代化が進み、川の多くは暗渠となっている。ますます近代化が進み、どんどんと息苦しさが増す範囲は拡張されてきているなかで、身体性の低下を肌で感じ、意識的に移動を始めている者もいれば、本能的に“脳のなか”から逃れようとする者もいる。身体性を取り戻したいと葛藤する人は多いはずだ。

 近現代の建築は地形をあまり意識せずに、都市をつくり続けてきた。今提案したい建築は、たとえば流域や傾斜など積極的にその土地の「地形」を考えていくもの。「“アート思考”でとらえ直す都市の作法」(本誌vol.47[22年4月末発刊])でも触れた、「逆開発」の流れだ。

流域思考とは

 街をつくって暮らす、農業をやる、自然を保全する、治水をするにしろ、この大地の単位である「流域」を常に意識し、思考することが重要だと提唱する人がいる。「流域思考」と称し、「流域」という大地の単位で自然から人々の営みまでを考えることを訴える。

 「流域」とは、雨の水を河川・水系の流れに変換する大地の地形のことで、豪雨による水土砂災害は、スケールの大小に関わらず、「流域」という地形や生態系が引き起こす現象だ。「流域」の構造を知ることで、水土砂災害に備える考え方や行動ができるのだが、実際には、私たちが利用する日常の地図にはほとんど反映されていない。

 日々の暮らしや仕事を支える、1人ひとりの理解のなかにある日常的な地図のなかから、足元に広がる地形、水系、生態系の連続的な姿は、丸ごと抜け落ちているのではないか、と疑問視するのが進化生態学者の岸由二(慶應義塾大学名誉教授)氏だ。岸氏が提唱する「流域思考」とは、流域という地形、生態系、流域地図に基づいて編集すれば、豪雨に対応する治水がわかりやすくなる。さらには生物多様性保全(自然保護)の見通し、防災・自然保護を超えた暮らし、産業や自然との調和、持続可能なエコシステムまでも可能になるのではないかというものだ。

岸由二/流域地図の再編

 近代の産業文明は、自然を破壊しては近代化を進め、速さを追求してきた。新幹線は流域を寸断して走っている。文字通り流域と流域を横断して走る。都市市民の地図は、足元の生命圏が見えなくてもよい地図、もっとはっきりいえば、隠してしまったほうが日々暮らしやすいかもしれない人工地図に変貌している。行政が用意する地図、交通産業が用意する地図、見事に秩序だっているそのような地図は、実は生命圏の配置を隠しつくす脱・地表型文明向きの人工地図といっていいのかもしれない。

 本来、日本人の営みは流域ごとに形成されていた。川に沿った集落を中心として水を利用し、米を育てる。農畜産物を食し、また物流の拠点として川を使った物や情報のやりとりを行った。豊作も凶作も、自然災害も、共に同じ共同体として流域単位で連帯していた。

 我々は、日々口にしている水が一体どこからきているのか、明かりを灯してくれる電気がどこでつくられ、どこから運ばれてくるのかという基本的な事実さえ忘れている。さまざまな生態系の恩恵で得られる農産物を無造作に口に入れては、当たり前のように暮らしている。多様な生命体の連鎖によって生かされている人間を取り巻く環境への共存を感じることは、都市においてもはや皆無だ。

 自宅、駅への往復の路、電車やバスで移動してたどり着く学校、休日に自転車で遊びに行く公園、釣りやレジャーで出かける遠方の水辺や森のような、断片的な地図はあるかもしれない。しかし、それが水系や地形などによって生じる大地の営みを介して、日々の我々の暮らしにつながっていることは感じているだろうか。何が生命圏適応に適切なのか、共通の理解や合意を形成するために、“流域地図を共有しよう” ―これが岸氏の提唱する、また乗り越えていかなければならない課題感だ。

例えば福岡市に水はどこからきているのか 福岡市水道局資料
例えば福岡市に水はどこからきているのか
福岡市水道局資料

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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