2024年04月28日( 日 )

政治、採算で混迷極める九州新幹線・長崎ルート

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一部開業から1年

 佐賀県の市議と町議でつくる「佐賀県フル規格促進議員の会」は7月21日、佐賀市内で西九州新幹線の開業1周年記念の総会を開いた。

 昨年9月23日、九州新幹線長崎ルート(博多~長崎)の武雄温泉~長崎間が西九州新幹線として部分開業したが、佐賀県の反対で全線開業が見通せないなか、未整備区間のルートをめぐる「暗闘」が見え隠れする。

 部分開業区間は66km。全線開業までは、武雄温泉駅で在来線と新幹線を乗り継ぐリレー方式を続ける。促進議員の会は、未整備区間は佐賀駅を経て新鳥栖駅で九州新幹線と接続する、国交省の案を推す。

1_駅の同一ホームで在来特急(右手)から新幹線に乗り換えるリレー方式。=武雄市武雄町のJR武雄温泉駅
駅の同一ホームで在来特急(右手)から
新幹線に乗り換えるリレー方式。
=武雄市武雄町のJR武雄温泉駅

    総会にはJR九州の牛島康博・新幹線計画部長が出席し、部分開業後の旅客実績などを紹介。「開業後の武雄温泉~長崎の旅客は月平均20万人前後。コロナ禍前と比べても増えている」と牛島氏は話した。新幹線通勤・通学の定期券利用者は、昨年9月の250人から今年5月は400人を突破したという。

 JRグループは昨年10月から年末まで、佐賀・長崎を対象にした観光キャンペーンを実施。牛島氏によると、その3カ月間の経済効果は長崎県198億円、佐賀県128億円の計326億円に上ったという。駅周辺の再開発も、長崎市や新駅が誕生した大村市において急ピッチで進められている。佐賀県側も、90年ぶりに鉄道が復活した嬉野市の嬉野温泉駅前に外資系ホテルや「道の駅」の施設が姿を現した。

嬉野温泉駅前には外資系ホテル(左手奥)や
カフェなどが姿を現した。
イベント広場(手前)は工事中。
=嬉野市嬉野町下宿

 2015年以降、北陸新幹線・長野~金沢、北海道新幹線・新青森~新函館北斗が相次ぎ開業。西九州新幹線と同様に、沿線エリアの観光客増加や駅所在都市への拠点集積効果が指摘されている。西九州新幹線はこれら先行3線と事情が異なり、全国の新幹線網とつながるメドがまったく立っていない。リレー方式が長期化すると、不採算になってJR九州の“お荷物”になりかねない。

 国交省はこの状況を打開するため、開業前から九州新幹線新鳥栖分岐の佐賀駅経由で西九州新幹線と接続する延長50kmのルートを佐賀県に提案している。これに対し佐賀県側は、「佐賀駅経由の新幹線は特急が減って不便になる。新幹線を建設するなら九州全体の浮揚も考えてほしい」(山口祥義・県知事)と主張し、佐賀空港経由ルートの検討を暗に求めた。

松尾建設が開発構想

佐賀市方面に向かう新幹線のレールは切れたままだ。=JR武雄温泉駅
佐賀市方面に向かう
新幹線のレールは切れたままだ。
=JR武雄温泉駅

 国交省は、①空港経由は軟弱地盤で駅経由より建設費が1.8倍、安全性も保てない、②九州新幹線との分岐が筑後船小屋になり、福岡県に財政負担が生じるなどの検討結果をまとめ、今年2月に与党検討小委と佐賀県に伝えた。同小委は、国交省に対して「省を挙げた取り組み」を要請、森山裕委員長(自民、衆院鹿児島4区)は「国交省の方針決定後、佐賀に出向き国家プロジェクトとしての位置付けを大事にする交渉をする」と語っていた。

 その後、国と県の表立った接触はない。

 7月21日の定例会見で、山口知事は「国の新しい提案がなく、ぴくりともしないなら、我々もぴくりともしない」と国をけん制。一方、促進議員の会会長の平原嘉典・佐賀市議は「今は剣道の“つばぜり合い”状態。佐賀駅経由の優位性を訴える」と力を込める。

 そんな折、松尾建設(株)(佐賀市)の松尾幹夫相談役がまとめたとされる「九州佐賀国際空港・新幹線佐賀空港駅とJR佐賀駅を基軸とした佐賀市」という小冊子が一石を投じた。佐賀空港、新幹線佐賀空港駅、JR佐賀駅を拠点とした開発構想だ。

 空港近くに新幹線駅や物流特区を配置して博多駅と接続し、空港と長崎道を高規格道で結ぶと佐賀空港圏は福岡経済圏と一体になり、佐賀空港は将来、シンガポール・チャンギ空港と並ぶ東アジアの2大ハブ空港として機能するなどとする。

 同社は1885年創業の県内最大手ゼネコン。創業者の孫・静磨氏(故人)は、日本航空初代社長で「戦後日本の航空業界の父」と呼ばれる。小冊子の評価は置いても、松尾家の県政財界への影響力は無視できない。

 与党検討小委の席で、福岡資麿・参院議員(自民党佐賀県連会長)が「空港経由がダメなら少し北側のルートはどうか」と発言。山口知事が「新幹線はまったく新たな発想で骨太に議論していく」と繰り返す一因がこの辺りにあるとみられ、県内の意思統一は図られていない。
 新幹線を取り巻く情勢は、厳しさを増す。北海道・札幌延伸は事業費が6,450億円増の2兆3,150億円に拡大。費用便益比1.0未満の不採算路線となっている。国交省は、「金額で表せない効果がある」として工事を進めるが、30年度開業には「黄色信号」が灯る。

「佐賀県フル規格促進議員の会」総会で挨拶する平原嘉典会長(佐賀市議)。=佐賀市天神2丁目の「ホテルグランデはがくれ」
「佐賀県フル規格促進議員の会」総会で
挨拶する平原嘉典会長(佐賀市議)。
=佐賀市天神2丁目の「ホテルグランデはがくれ」

建設費高騰も課題に

 来年3月に敦賀まで開業予定の北陸も、敦賀~新大阪の事業費が2兆1,000億円(16年当時)から4兆円超に肥大して不採算路線に転落するとされる。このため、「敦賀から琵琶湖東側を南下して米原駅で東海道新幹線と結ぶルートに変える」「京都駅を地下駅から地上駅にする」──などの案が浮かんでいる。背景には、建設資材の高騰や人手不足がある。事業費を負担するJR各社も、コロナ禍を機に収益力が落ちた。JR負担金と公共事業費で捻出する現行の財源枠をそのまま維持できるのか、極めて不透明だ。

 議員の会総会では、与党検討小委の今村雅弘・衆院議員(自民、九州比例)も九州各県の公共事業費の年度別推移表を片手に講演し、「『新幹線はダメで道路や河川はお願いします』と言っても通らない。国交省にケンカを売っていると、佐賀は建設大不況になる」と顔を曇らせた。

 政府・与党内で防衛費や少子化対策が焦点になる一方で、財政再建派が勢いを増す。長崎ルートの全線開業を、国がどの程度重視するか──。先は一層見えづらくなった。

【南里 秀之】

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