2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(11)街中に頻出する行列の果て

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待ち客や街区に配慮する手立てをもっと編み出したい
待ち客や街区に配慮する手立てをもっと編み出したい

人気の「見える化」は我慢会

 ようやく人気ドーナツ店へ踏み入ることができた。天神の一角、間口二間ほどの店舗前に長い行列を見掛けて久しく、その正体にかぶりつきたくて足を棒にし、歯を食いしばって並んだ。それまで3度、筆者はこのヒト陳列へ挑んでいたのだが、1度目はゴール目前で商品完売の憂き目に遭い、2度目はほかの用件で列を途中離脱せざるを得ず、トングとトレーにたどり着けなかった。いずれも90分以上並んだ末の無念であった。

 スイーツ、ラーメン、寿司、天ぷら、カレー、うどん…福岡の街中には、あちこちで待ち行列が出現している。行列が増えたように感じるのは、再開発やコロナ禍で飲食店が数を減らしたことなどによるランチ難民の出現もあるだろう。また、そもそも既存店の客席数がほどほど品良く設けられているのかもしれず、加えて観光客の襲来で、店の既存キャパでは対応できなくなっているとみることもできる。あるいは、流行に目ざとい商才の持ち主が、試行的・意図的に小ぶりの店舗で開始したのが当たり、客が客を呼んで長い待ち行列になっていった、という具合か。

 大行列は、博多バスターミナルでもしばしば見られる。出現頻度は人気アーティストのコンサート、熱烈なファンを動員するプロスポーツのゲーム、コミックのキャラクターを扱うフェア等の開催数による。インバウンドが戻りオーバーツーリズムが再燃する京都の混雑事情に比べれば、福岡の深刻度合いはそれでもまだ低いが、インフラ整備の進捗に合わせ、街中の人波を大局的にさばくソフト面での態勢整備は急務となってこよう。

 列に並ぶのは、社会モラルを共有する方々ばかりではない。社会規範の異なるインバウンド客も、リベンジ消費に九州の街々を練り歩こうとしている。

ゲストコントロールの観点

空港の保安検査場への列では円滑な処理のため事前準備を呼び掛ける
空港の保安検査場への列では
円滑な処理のため事前準備を呼び掛ける

    かつて別のドーナツ店が日本上陸で話題を巻き起こした当初、購入時の混雑を回避するため、たしか12個入りだったか、平たい一箱にセットされたものだけを店頭販売したように記憶する。それでも長くなる待ち行列の人たちに、店舗スタッフがプレーンドーナツを1つずつ配って場を和ませていた。SNSのない時代、日本人に馴染みのない新ブランドを浸透させていく拡販戦略の一端、サービスであろうが、待ち人のイラつきを、甘い香りと柔らかな歯触りで蹴散らすことにはなった。

 ゴール後の至福が何であれ、今どきは誰しもスマホをいじり待ち時間を潰せるし、事前や即時の情報で心構えが備わり、待ち行列に混乱が起こることはないのかもしれない。そうした心理面での不満勃発回避とは別に、街の空間づくりの視点から、行列制御という対応も望まれるところだ。

 業態も面積も雑多な飲食店をテナントとして入居させようというビルが、設計段階で大行列を予想することは難しい。テナントの入れ替わりだって起こる。仮に長い行列が生じたとき、一時収容できる余分な空間を共用スペースにレイアウトする贅沢もできないだろう。だとすれば、入店を待って並んでくださる方々を、苛立たせず退屈させないため、視覚的、触覚的、心理的にできることはないのだろうか。

はぐらかし上手を味方に

 興味を一時、ほかに転じさせるというのもありだ。ディズニーのパークでは、待ち行列のつくり方に幾重もの工夫が施されている。曲がり角や折り返しを適宜に設け、列の長さや並びに単調さを排し、指先の触覚を通じてウンザリをほぐす細工もところどころに仕込まれている。何より、列の進行に沿って視界に入るものを移ろわせて興味をつなぎ、ショー本編への情報を与え、ゴール後の楽しさ増幅へ備えさせもする。それでも足りないと見るや、屋外の場合、軽音楽隊を列の近くへ送り込んで軽快な曲で気を紛らわせようとする。近頃は、カストーディアル(掃除係)がトイブルーム(箒)の先で路面にキャラクターを器用に描いて見せるなんて芸当もある。

 ディズニーパークの人気アトラクションでは、事前予測から施設の設計段階で、建物内側やランドスケープ植栽のなかに目立たないよう待機列の収容空間を設けており、そこに収めきれない混雑時にだけ外側に待ち列をつくるのだが、退屈させないよう、待ち列には上記のような工夫が凝らされている。空間の振る舞い方の1つともいえよう。

 さまざまな業種業態の不統制な集合体である街の場合、統合したゲストコントロールは難しくはあるが、だからと言って賑わいをウリとするエリアの場合、個店の裁量や目端の効く店員に客さばきを委ね切ってはならない。すでに長い行列は個店の裁量範囲を超えて近所にうねり、地域としての問題を孕みがちだ。街として、来街客のためにも商店主のためにも、面的で多層的な取り組み視点と対応術を備え持つことが求められる。

 待ち行列が悪いとばかりは言わない。旅の思い出にその苦労譚は花を添え、時に英雄視される。待ち人を演じた末、列の先の味わいが成功にしろ失敗にしろ、結果を手柄話として語ることができる。今記事の冒頭のように──。ピスタチオクリームドーナツ、美味かった。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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