2024年05月11日( 土 )

中・大規模木造の普及を新素材・技術研究が後押し(前)

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北九州市立大学
国際環境工学部・建築デザイン学科
教授 福田 展淳 氏

北九州市立大学 福田展淳教授

 これまで欧米が主流となっていた木造の中大規模建築物だが、近年は日本においても少しずつ建設事例が見られるようになってきた。今後、普及を推進するにはどのような課題があるのかなどについて、CLTなど木造建築物に詳しく、木材の新たな活用法などを研究している、北九州市立大学の福田展淳教授に話を聞いた。

課題は耐火性能の確保

 ──木造の中大規模建築物について、どのように見ていますか。

 福田 私がそれを最初に目にしたのは、2017年にオーストラリア・シドニーの金融街の中心部にある、CLT(Cross Laminated Timber)による7階建て、延床面積7,000m2のオフィスビルでした。当時はこの規模の木質オフィスビルが珍しかったこともあり、入居希望者が殺到していたそうです。入居後のアンケートでも「満足」という回答がほとんどで、そうした点から不動産会社にとって、テナント入居率が高い建物として評価されていましたね。

 オーストラリアには当時、CLT工場がなく、この建物は欧州のオーストリアの工場で生産されたCLTパネルを用いたものでした。施工のメリットについて聞いたところ、工期が短く、予定通りに建設できたこと、建設中、手直しがしやすいこと、粉じんの発生が少ないこと、事故が減ったことなどを挙げていました。工場生産されるCLTによるものですから、現場で一から施工するRC造や鉄骨造と比べて、構造工事はパネルを組み立てることが主となり、施工しやすいのです。デメリットとしては、設計を含む準備に時間が必要になることを指摘していました。CLTの数やサイズなどを出荷する前に確定しておかないと、施工が円滑に進まなくなるためです。

 私がとくに注目していたのが柱の間隔で、この建物では間隔が約9mある大空間が実現されていました。日本ではRC造の場合も、通常7~8m程度となります。もう1つ注目したのが、耐火に関することです。現地ではこの規模の建物では90分の耐火性能()を持つ仕様とすることが法律で定められていましたが、これは日本でいう90分準耐火()仕様のレベルです。欧州のオーストリアの基準によるCLTがオーストラリアでそのまま使えるのは、両国が地震の発生がなく、都市災害の危険度が低いためです。逆にいえば、災害大国である日本の安全基準は、オーストラリアを含む欧米のそれに比べて大変厳しく、日本において木造建築物の用途をオフィスビルなどに拡大するためには、耐火の問題をクリアする必要があることを改めて認識しました。

 さて、日本のあらゆる建築物には、「3階から4階の壁」「5階からの壁」という耐火上の制限があります。たとえば、3階建(木造の場合は防火地域以外で避難通路確保など一定の措置を講じる必要がある)までは準耐火仕様で対応でき、具体的には12.5mmの石膏ボード1枚でその要件を満たします。しかし、4階建からは21mmの石膏ボードを2枚用いる1時間耐火が要件になり、5階建からは低層階に2時間耐火が求められ、さらに厳しい要件が求められるようになります。このあたりが、建築物の木造化のハードルとなっています。

 そうした観点から、日本ではまずは4階・5階建の木造の中規模建築物の普及を目指し、それに対応する耐火技術や素材を開発することが重要で、現実的だと考えています。RC造や鉄骨造の建物に普及しているスプリンクラー、なかでも粉末状タイプの普及が、中大規模木造建築物の普及を後押しするだろうとも考えています。アメリカでは、州によっても違いますが、スプリンクラーの設置を義務付けており、それが普及の契機の1つとなっているからです。なお、耐火性能の確認手法(2時間耐火の場合、2時間の加熱終了後、高温の炉内に3時間放置し自然消火しなければならないなど)については、実際の火災現場での状況に適合するかたちへの見直しを求める意見もあります。

(※)「準耐火」は一定の時間建物が壊れないこと、「耐火」はそれに加えその後自然消火することが条件 ^

大学内で高機能木材を研究

 ──北九州市立大学には、CLTによる研究棟「メルディア高機能木材研究所」がありますね。

    福田 延床面積約500m2の建物で、国内で製造可能なCLTの最大寸法12m×3mの材料を使用する一方で、板の厚さ自体は90mmと、構造材として使用できる国内のCLTのなかでは一番薄く、一般の木造住宅よりも薄い壁となっています。外壁と屋根を合わせて、建物全体でCLTの折版構造でつくった建築としては、日本初の試みとなります。壁と屋根が一体となった構造体といえ、断熱と構造を一体的に施工でき、工期の短縮とコスト削減につなげたことも特徴です。

 大きく2つの空間がありますが、それぞれ7.5mの天井高がある大空間(容積は一般オフィスの3倍)でありながら、エネルギー消費量は従来の同じ床面積がある九州エリアのオフィスと比べて約半分と、非常に小さいのも特徴の1つです。また、建物のすべての外壁と天井面が熱伝導率の低い杉材のCLTで構成され、さらに断熱性能を高めるためにその外側に高性能の断熱材を貼付していること、熱が逃げやすい窓面積を最低限に抑えていること、構造躯体に用いた木材がコンクリートや鉄に比べて熱容量が小さいことも特徴として挙げられます。この建物では計測器を置いてエネルギー消費量などの計測を行っていますが、私や研究員はそんな科学的な検証以外では表現しにくい、木造建築物のすばらしさ、居心地の良さも実感しています。

研究所の外観(大森今日子氏撮影)
研究所の外観(大森今日子氏撮影)

メルディア高機能木材研究所

ウッドデザイン賞を受賞
ウッドデザイン賞を受賞

(株)三栄建築設計(メルディアグループ)との共同研究の拠点として建設され、2020年1月に竣工。総事業費1億4,336万円の3割に当たる4,599万円を環境省の二酸化炭素排出抑制対策事業費など補助金(木材利用による業務用施設の断熱性能効果検証事業)として受け建設された。木の良さや価値をデザインの力で再構築することを目的として、優れた建築・空間や製品、活動や仕組み、研究などを募集・評価し、表彰する顕彰制度「ウッドデザイン賞2021」の奨励賞(審査委員賞)やグッドデザイン賞を受賞している。

(つづく)

【田中 直輝】


<プロフィール>
福田 展淳
(ふくだ・ひろあつ)
1988年早稲田大学理工学部建築学科卒。95年同大学大学院理工学研究科にて博士号取得。2000年に北九州市立大学国際環境工学部助教授に就任。06年から東京大学・生産技術研究所研究員。日本建築学会会員で環境ビジネスモデルWG委員、環境設計小委員会・集合住宅小委員会幹事なども務める。博士(工学)、一級建築士。山口県出身。

(後)

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