2024年05月04日( 土 )

李克強急逝で見せたおろかな報道 政治大混乱に期待するメディア(後)

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共同通信客員論説委員
岡田充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による、「李克強急逝で見せたおろかな報道、政治大混乱に期待するメディア」(海峡両岸論156号)を提供していただいたので共有する。

習氏に対抗する勢力ない

 李急逝に話を戻す。不動産不況を招いた責任は、習だけでなく李も免れない。西側では、「国進民退」に批判的だが、李がどこまで「国進民退」に抵抗したのかも、定かではない。「経済三重苦」の治療方法をめぐって共産党中央が分裂しているという情報もない。

 こうしてみれば、指導者の死が大混乱の引き金になる条件として挙げた「中央の分裂」は存在しないとみるべきだろう。李は一身に権力を集中させる習氏の敵ではない。

 李は、2022年の第20回党大会ではまだ67歳であり、「暗黙のルール」の「68歳定年」に届かないまま引退したことに同情は集まった。しかしだからと言って、②の主流派に批判された「被害者」とまで言いきれないだろう。李は有能な経済政策のエリートではあっても、③の「大衆的な人気」があったかどうかは疑問だ。

 ③条件を当てはめて分析すれば、李急逝が共産党の一党独裁の不安定化につながる可能性は低いという結論が導き出される。習一強支配の強化に反対する声が中国にあるのは事実だ。だが、李急逝が政治的混乱に発展するという見立ては、習独裁への「当てこすり」に期待する、メディアのシナリオに基づいている。

 習一強体制の安定度についていうなら①中国民衆が体制転覆を望む兆候はない、②中流階級は党の政策の最大の受益者であり反旗を翻さない、③党最高指導部から、習氏グループ以外は排除され、習氏に対抗する勢力はいない――を挙げれば十分だろう。

皇帝型秩序など3秩序複合体

 李氏急逝をめぐるおろかな報道ぶりは、我々の対中観の在り方を問い直している。我々は中国の政治・経済・社会を欧米や日本と同一視し、欧米のモノサシから中国を「異質な専制国家」と見做す。中国を「マルクス・レーニン主義」から一面的に判断すると、実相を見失う。

 ここで、中国共産党による一党独裁統治を①皇帝型秩序②国民国家秩序③マルクス・レーニン主義秩序-の複合的構造で成立しているという仮説を立てたい。

 歴史的にみると、中国は「一強」の皇帝権力下で安定してきた。異質な民族、文化、習慣を取り込む「多元共存」の世界である。中国は異なる民族・地縁・言語・宗教という異質集団の集合体だから分裂の危機が常にある。台湾問題や新疆ウイグルをみればうなずける。

 習が共産党の長期戦略として「中華民族の偉大な復興」の旗を立てたことは、皇帝秩序の歴史を肯定的にとらえる思考と矛盾しない。一方、米一極支配の終焉と多極化する世界秩序という新パラダイムでは、多極間の共通ルールが必要である。それが、共産党が国際関係で強調する「国連中心主義」「国際法」など、国民国家の関係を支える法的秩序だ。

    さらに、レーニン(写真=ロシア・ブォルゴグラードにある高さ57mのレーニンの世界最大の銅像 ロシアエクスプレスHP)やスターリンらカリスマ指導者をいただく中央権力集中型のマルクス・レーニン主義は、皇帝型秩序と親和性がある。その秩序を共産党組織に内在化させることによって、習氏を支えるブレーン[v]は、皇帝型秩序と国民国家との矛盾・相克の答えを見出したのではないか。

 習一極支配はこの3秩序から成り立っており、中国の「安定と実利」にとって役に立つ秩序を選びつつ、政権運営しているというのが筆者の仮説だ。国家統治の在り方に定式はない。「進化論」を俗論的に解釈して、人類社会も一直線に進化してきたし、深化するとみることこそ、歴史的な事実を無視した俗論である。他者に「異質な専制国家」のレッテルを貼るほど、我々の統治は完全でも成熟もしていない。

(了)

(中)

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