2024年06月20日( 木 )

認知症って、怖い病気ですか?(前)

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大さんのシニアリポート第130回

 正月早々にある人から電話をいただいた。ところが相手は名前を名乗らないまま、一方的に話を進める。だいたい声で相手が誰だか判断できるものだ。彼はTさんといい、昨年3月まで運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、月1回「回想法」という認知症当事者に昔の町並み、室内風景、当時使われていた台所用品、足踏みミシンなどの生活用品をネット上から拾い、スクリーンに映して脳を活性化させるというユニークな活動を展開した人物である。そのTさんが認知症になった。

認知症当事者にもプライドだけは残される

サロン幸福亭ぐるり    Tさんは昔から人の話を聞かず、自分の話を強引に推し進める癖があった。その日も延々としゃべり続ける。突然話の内容が変わる。自分の頭のなかではそれなりに整合性がとれているのだろうが、聞かされている私は混乱するばかり。私の名前も失念し、自分勝手に話し続けた。最後にこういった。「なあ〇〇(私の名前ではない)よ。どうも俺、呆けてきた気がする。こんどお前のところ(「ぐるり」)に遊びに行くから」と、明るい声で一方的に電話が切れた。恐らく「ぐるり」に辿り着くことはできないだろうと思っている。

 認知症になることは、それまで生きてきたすべてを忘れ、まるで人間失格の烙印を押されるというイメージがあった。はたしてそうだろうか。認知症になっても失われないものがあるという。それが「誇り(プライド)」である。人間には自分自身の存在理由(レゾン・デートル)を示すものを必要とする。それは生きている証でもある。たとえば会社の重役だった男が退社し一市井人になる。地域社会では当然、会社の肩書きは通用しない。しかし、存在理由がソレしかない人にはとって、これほど生きづらい場所はないだろう。こういう人が認知症になるとさあ大変。

 近所にかつて一流会社の社員や重役、弁護士、医者などが住むニュータウン(現在は完全にオールドタウン)と呼ばれる地域がある。ある住民が認知症になった。家族が介護認定を受けようとケアマネに連絡するが、「俺は認知症などではない」と認定を拒否。担当医に対しても看護師に対しても不遜な態度を取る。プライドが許さないのである。私が住む公的な住宅でも同じようなことが起こる。

 「俺を誰だと思っているんだ」と担当の医者と看護師の前で暴れ、とうとう施設入所を断られて自宅介護にされてしまった。目が不自由で要介護者の高齢な妻に大きな負担がかかる。典型的な老老介護である。夫は気に入らない訪問介護職員を次々に代えた。気に入った介護職員には、かつて自分が自治会副会長(実際には就任せず)であったことを蕩々と自慢しまくったという。妻はことあるごとに私に愚痴をこぼす。

映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』の幸せな老老介護

 数年前、ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』(監督:信友直子)を観た。認知症になった監督の母親(87歳)を、父親(95歳)が介護。その日常を赤裸々に活写したドキュメンタリーである。カメラはふたりの日常を包み隠さず撮る。妻の無謀ともいえる要求に、腹を立てながらも応える夫。超高齢ゆえに互いに意思の疎通と現実的な行動がともなわないジレンマに戸惑う。これから誰にでも起こり得る出来事に、身震いをしながら観た記憶がある。

ドキュメンタリー映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』    監督である娘の信友直子はパンフレットで、「認知症の人はぼけてしまったから病気の自覚もないのでは? と思う方もいるかもしれませんが、実は本人が一番傷ついています。昔できていたことがどうしてできないのか、自分はこれからどうなっていくのか、不安や絶望でいっぱいなのです。私自身、母が認知症になって初めて、認知症の人の複雑な胸のうちを知りました」。

「父と私の間には連帯感が生まれたし、大して仲が良かったとも思えない両親の間には、娘すら入り込めない絆が生まれました(あるいは絆は前からあったのに、気づかなかっただけかもしれませんが…)。そういう意味では、認知症の家族を抱えることは必ずしも不幸なことではなく、新しい発見をさせてもらえるギフトだと捉えることもできそうです」

 「映画の公開日には、父は98歳、母は89歳。超・老老介護です。危ういバランスで成り立っている平穏な日々が、この先何年も続くとは思えません。2人が、いや私を含めた家族3人が、これからどうなってゆくのか。最後まで見届けるのが私の使命だと思っています。(2018年8月8日記)」と述べている。

 「カメラを向けて、初めて気づいた。両親がお互いを思い合っていること」という言葉に感動した。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第129回・後)
(第130回・後)

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