2024年04月27日( 土 )

ウクライナ戦争にともない高まる核脅威〜日本はどう備えるか(前)

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日本安全保障フォーラム
会長 矢野 義昭 氏

原潜 イメージ

 ウクライナ戦争と2023年10月7日のハマスによる奇襲から始まったハマス・イスラエル紛争により、世界情勢は大きな歴史的転換点を迎えている。ウクライナ軍が劣勢になるなか、米国など支援国の関心は中東に移っている。東アジアでの有事の可能性が高まれば、日本には自身で自国を守れる体制への転換が求められてくるだろう。

敗北するウクライナ軍

 日本ではいまだにウクライナ軍が優勢との報道がみられるが、戦場の実相から見れば、ウクライナ軍は事実上すでに壊滅状態になっている。たとえば、米陸軍退役大佐のダグラス・ダグレガーは、現地での調査やインタビュー、衛星画像、米軍やCIA関係者などの諸情報に基づき、以下のように両軍の損耗を見積もっている。ロシア軍は戦死者約4~6万人、死傷者を合わせた兵員の損耗数は約10~15万人、それに対しウクライナ軍は、戦死者約40~45万人、損耗約80~90万人。

 ウクライナ軍は開戦時の戦力約110数万人(現役兵約20数万人、予備役約90万人)の約8割が死傷したことになる。通常、兵員の3割が死傷すれば戦闘力を失うといわれており、この約8割という損耗率でからみて軍は壊滅状態に等しいといえる。2023年6月4日ごろから始まったウクライナ軍の攻勢では、欧米で訓練を受けた精鋭部隊の兵員約3~3万5,000人が骨幹戦力となり、その指揮と指導の下で、40歳前後の後備役と徴兵年齢以下の少年兵が主のウクライナ軍が戦った。現在のウクライナ軍の平均年齢は43歳との情報もある。

 しかし、無理な攻勢を重ねたため損害を受け戦力を過早に失ったとみられている。その原因はロシア軍の全正面1,000kmにわたる大規模な防御陣地線とそれに連携した約10倍ともいわれる圧倒的に優勢な精密誘導火力にある。

 戦力的にも両軍の格差は拡大している。ロシア軍の戦力は現在、総兵力約70万人、それをワグネルなどの民間軍事会社など約8万人が補完するというもので、それらの兵力を東部と北部正面にそれぞれ15~20万人、南部正面に18~22万人を展開し、ウクライナ軍の6月からの攻勢に対処し、同時に3方向から攻勢可能な態勢をとっていたとみられている。

 『フォーリン・ポリシー』は、「ロシア軍は戦車1,800両、装甲車3,950両、火砲2,700門、戦闘機400機、ヘリ300機などを準備している」と報じている。ロシア側の発表によれば、ロシア軍の兵員増強は23年1月時点で100万人に達し、さらに今後120~150万人に増強する予定とされている。

 攻勢に出るには、防御側の兵力の3~5倍程度の兵力が必要というのが、軍事常識である。しかしウクライナ軍は、ロシア軍の数分の1以下の戦力で、航空優勢もないまま、NATO(北大西洋条約機構)から供与された最新装備を集中投入し、南部ロボティネなどで無理な攻勢を反復した。その結果、レオパルト戦車やブラッドレイ歩兵戦闘車などは遠距離から偵察衛星やドローンに発見され、精密誘導火力により相次いで撃破されてしまった。

 最大の激戦地である東部ドンバス南部の都市アウディイフカでも、ウクライナ軍が頑強に抵抗している同市の市街地を、ロシア軍は南北から包囲する態勢を取りつつある。ロシア軍は東部ドンバス北部のスラピャンスク正面でも攻勢を強めている。戦車軍はじめ兵力約10数万人を投入し、火力で制圧しつつ占領地域を広げている。

 9月28日付『ニューヨーク・タイムズ』によれば、1月1日以降、ウクライナ軍が143平方マイル(約370㎞2)を確保したが、ロシア軍は331平方マイル(約857㎞2)を奪取しており、面積はウクライナ軍の倍以上に上ることが明らかになった。このことは、ウクライナ軍は攻勢により、兵員と装備の損失を増やす一方で、領土奪還どころか領土を喪失したことを意味している。プーチン大統領は10月15日、「宇軍の攻勢は失敗に終わった」と表明している。ウクライナ側でも、ザルジニー軍総司令官が、『ザ・エコノミスト』に寄稿し、反攻作戦は期待を裏切ったと認めている。

 これに対し、ゼレンスキー大統領は、戦線が膠着状態にあることすら否定し、不利な戦況を認めようとしていない。このようなゼレンスキーの、攻勢一点張りの犠牲を顧みない独裁的な戦争指導に対する反感や不信がウクライナ内部でも高まっている。

 前線部隊では中央の命令に対する不服従や集団投降が生じ、ウクライナの東部国境では約2万人の男性が徴兵を忌避するため不法出国し、約2万人が出国に失敗して拘束されたと報じられている。

 他方で、ウクライナ上層部の汚職と腐敗は酷く、NATO諸国間でも支援を拒否する世論が高まっている。米国でもポーランドでも今ではウクライナ支援継続を拒否する世論が約半数に達している。

 またNATOの支援能力にも限界が出ている。NATOのストルテンベルク事務総長は10月初旬、NATOの弾薬の在庫がほぼ尽きかけていると発言している。弾薬、ミサイルの生産能力の格差も大きい。

 ロシアは昨年1,200万発の弾薬を発射し、昨年も年間200万発を生産している。24年3月までに弾薬の生産能力を年間100万発に引き上げるというEUの目標は達成できないと、ドイツ首脳が発言している。ハイマーズ(高機動ロケット砲システム)などの高度な装備品の緊急増産についても2~3年はかかるとみられている。

 さらに、ハマスが23年10月7日にイスラエルを奇襲し、約1,200名が亡くなり、外国人を含む約250名の人々が誘拐された。その後、ウクライナに向けられる予定だったNATOの支援は、約3割減少し、イスラエル支援に回されている。国際的な世論の関心も中東情勢に移ってしまった。

 ゼレンスキー大統領は9月、レズニコウ国防相を汚職疑惑で更迭した。それに合わせ、ほかの軍首脳や閣僚も多くが汚職腐敗を理由に更迭されている。新しい国防相にはクリミア・タタール出身でイスラム教徒であり、対ロ交渉の専門家として知られているが軍事的には素人のウメロフが任命された。この人事を見ても、対ロ交渉がすでにゼレンスキー政権の主要関心事に移行していることがうかがわれる。

ウクライナ戦争後の世界とその影響

 10月7日のハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃から始まった、今回の中東での戦いは、両者が一時休戦に合意し一部の人質は解放されたものの、休戦は7日間で終わり再び戦闘が開始された。

 ハマスの地下陣地は、最深部地下90m、総延長480~500kmともいわれ、イスラエル軍がこれを通常戦力で制圧するには、モスルの戦闘などの経過から見ても、少なくとも数カ月、あるいは1年以上かかるとみられる。しかしイスラエル軍は、民間経済を支える予備役で主に構成されているため、数カ月以上の長期戦を続けると、国家経済が破綻する。

 そのために、早期にハマス陣地を制圧するには、地下数百mまで一挙に破壊できる核爆弾を使うのが軍事的には最も確実かつ効果的な方法である。ネタニヤフ政権内の閣僚が、ガザへの核兵器使用は選択肢の1つと発言し、停職処分を受けたと報じられている。

 このことは、イスラエルが核保有を初めて公式に認めたに等しく、ある意味では核恫喝を、ハマスやそれを支援するアラブ諸国、イランとその支援を受けたヒズボラなどに対してかけたともいえる。ネタニヤフ政権の強硬方針を抑制しようとしている、米バイデン政権へのけん制ともとれる。

 このようなネタニヤフ政権の強硬策に対し、イランとヒズボラは今のところ、慎重姿勢をとっている。とくにヒズボラは、今後の戦況推移により対応を決めると表明しており、10数万発保有しているといわれるロケット弾についても限定的使用に止めている。イランは、兵器級の濃縮ウランを入手直前かすでに保有済みとみられている。

 現段階は、イスラエルからみれば、イランの核保有の芽を摘む最後の好機といえ、場合によりイランの地下の核関連施設等を破壊するために核使用をする可能性も排除できない。このようなネタニヤフ政権の動きに対し、イラン指導部は、攻撃の口実を与えないために慎重に行動していると思われる。

 しかしその自制がいつまで続くか不透明である。今後の情勢いかんによるが、いずれにしても、イスラエルの核使用の可能性はかつてなく高まっているといえる。

(つづく)


<プロフィール>
矢野 義昭
(やの・よしあき)
1950年生まれ、大阪府出身。拓殖大学博士(安全保障)。京都大学工学部機械工学科卒、同文学部中国哲学史科卒。74年陸上自衛隊幹部候補生学校入校、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令等を歴任、陸上自衛隊小平学校副校長(陸将補)を最後に2006年に退官。元拓殖大学客員教授。現在、岐阜女子大学特別客員教授。日本国史学会理事、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一社)国際歴史論戦研究所上席研究員。著書に、『核抑止の理論と歴史――核の傘の信頼性を焦点に』(勉誠社)など多数。

(後)

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