2024年04月27日( 土 )

ウクライナ戦争にともない高まる核脅威〜日本はどう備えるか(後)

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日本安全保障フォーラム
会長 矢野 義昭 氏

 ウクライナ戦争と2023年10月7日のハマスによる奇襲から始まったハマス・イスラエル紛争により、世界情勢は大きな歴史的転換点を迎えている。ウクライナ軍が劣勢になるなか、米国など支援国の関心は中東に移っている。東アジアでの有事の可能性が高まれば、日本には自身で自国を守れる体制への転換が求められてくるだろう。

日本への核攻撃を想定 その威力はどの程度か

SLBM(米軍) イメージ    中国は22年8月に9発の弾道ミサイルを台湾周辺の指定した訓練海域に打ち込んだが、そのうち5発は日本の排他的経済水域内に落下している。この行為は、明らかに台湾のみならず日本に対する核恫喝といえる。日本が台湾有事に自衛隊に対処行動をとらせるなら、中国は核攻撃も辞さないとの警告であろう。

 日本に対する核恫喝、核攻撃があり得ることを予期して、必要な備えを早急に整えねばならないところにまで、すでに情勢は進展している。日本周辺の敵対的な国、中朝ロはいずれも核兵器と運搬手段の弾道ミサイルを、迎撃困難とみられる極超音速ミサイルも含めて保有しているか、近く保有するとみられている。これら諸国の核脅威を、現在の核ミサイルの配備状況から見積もる必要がある。以下はSIPRI(ストックホルム国際平和研究所)のデータに基づいている。

 中国の場合核弾頭の威力は、数百Ktが主であるが、対都市攻撃用として約20発の数Mtの核爆弾も保有している。また、台湾有事での核先制使用を否定していない。尖閣侵略を行う場合でも、中国は尖閣諸島について中国固有の領土であり、台湾同様に「核心的利益」と主張していることから、核先制使用の可能性は排除できない。

 北朝鮮の核保有数は現在最大80~100発程度であり、出力は最大200Kt程度と見積もられる。北朝鮮は、核の先制使用を排除していない。なかでも射程上、日本攻撃用とみられるノドンは約300発を保有していると見積もられている。今年9月の露朝首脳会談後、金正恩は、核戦力を「質・量共に高度化」すると宣言している。

 ロシアは、21年6月時点で、米国の5,550発に対し世界最大の6,255発の核兵器総数を保有していると見積もられている。ロシアの核弾頭の数と威力は、主力ICBMは845発で400~800Kt、新型の移動式ICBMが132基以上、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)416発の4分の3は100Kt以下、戦略爆撃機の核爆弾200発は200~350Ktとみられている。

 なお、ロシアは先制核使用を行う4つのシナリオを明示しているが、そのなかにはロシアが通常戦力で侵略され安全保障が危うくなる場合なども含まれており、先制使用を前提としている。

 以上から、日本周辺国の核弾頭の平均的な威力は、500Kt~5Mtの範囲であり、この範囲の核爆発、とくにフォールアウト(放射性降下物)が大量に生じる地表面爆発を主に損害を見積らねばならない。

 米議会が超党派で設置した戦略態勢委員会は23年10月12日に、「米国は核保有国中ロとの同時戦争に備える必要がある」との報告書を発表し、米の核態勢の全面的見直しを求めた。同報告書は、中国は30年代半ばまでに配備戦略核弾頭数で米国と同等になり、ロシアは世界最大の核戦力保有国であり続けるだろうと指摘している。 

 米国が中ロ両国との核戦争に対し同時対処を迫られた場合、長射程のICBMでは2分の1、中射程の戦域核戦力では中国の一方的対米優位、短射程の戦術核ではロシアに対し9分の1以下の劣勢になり、日本など同盟国に対する核の傘は機能しなくなる。

 米国の核インフラの整備計画では、本格的な核近代化が軌道に乗るのは36年ごろと予想されており、このような米国の核戦力バランスの劣勢は、それまでの今後10数年間は続くとみられる。この間に予想される日本と日本周辺での、核恫喝を含む核脅威に対し、抑止するか、核恫喝に屈しない態勢をいかにつくるかが今問われている。

原潜保有の必要性

 原子力潜水艦と通常動力型潜水艦とでは、酸素確保、行動期間、速度、探知距離などの性能に格段の差がある。

 上に述べたように、米国の核の傘は当てにできなくなっている。もともと日米の国益は必ずしも一致しない。核の傘を提供する米国は、東京のためにニューヨークを核攻撃の脅威にさらすことはしないが、日本としては米国の核の傘に依存している以上、約束通り米国がいかなる犠牲を払っても核の傘を日本に提供することを要求することになるという非対称性が存在する。

 しかも現実の核戦力バランスは、中ロが連携すれば米国が劣勢になるのは明らかである。また、米国の核インフラは劣化が進んでおり、今後10数年はこの状況が継続するであろう。

 中国原潜の脅威に対抗し第一列島線(九州・沖縄-台湾-フィリピン-ボルネオ島)内での効果的な反撃を行うためにも、対日攻撃用SSBN(弾道弾搭載原潜)に対する抑止においても原潜は不可欠であり、対中朝核抑止力の決め手となる。原潜は地政学的に海洋国家日本に最適である。日本は世界最大の海水体積を有し、近海に原潜を展開できる深海が広範囲に存在し、支援のための良港も各所に存在する。

 原潜は、長期間深く潜航でき航続距離も長く、発見されにくく、仮に発見されても高速度で逃げ切ることができるなど、残存性が最も高い。ただ、いったん弾道弾などを発射すれば直ちに発見され撃沈される恐れがないわけではなく、日本が核攻撃を受けた場合の報復用としての自衛的核兵器体系である。

 原潜の建造に必要な要素技術は、すでに日本には備わっている。日本は通常動力型潜水艦の運用実績も長く、その性能は世界一のレベルである。小型原子炉、弾道ミサイルの技術もある。

 日本は資金面でも対応可能である。一部専門家の見積もりによれば、日本なら10年以内に10兆円でSSBN6隻、SSN(原子力攻撃型潜水艦)12隻の建造・展開が可能であり、1隻なら5年以内に約3,000億円で建造可能とみられている。

 韓国は22年8月、国防部が原潜3隻の建造計画を21年から25年の国防中期計画に盛り込まれていると公表している。豪州も今年3月、30年代に最大5隻の米国製原潜を調達するとの工程表で米英と合意している。

 日本には、原子力船「むつ」の実績もあり、船舶用小型原子炉の技術はすでに保有している。原潜用として小型原子炉技術を磨き民間船舶用に転用すれば、化石燃料の節約、日本のエネルギー自給率の向上にもつながる。原潜保有には、これらの多面的な利点があり、かつ原潜の保有のみであれば、「非核三原則」にも抵触しない。

迫られる日本の政策転換

 ウクライナ戦争以降、世界は各国がそれぞれの国益をかけて離合集散する群雄割拠時代に突入した。戦後日本が長らく採ってきた、核抑止力以下安全保障の根幹を米国に依存するという安易な米国追従政策は通用しなくなった。

 非核三原則や専守防衛を掲げ、自主的に自衛力を抑制していれば、日本の安全は保障されるという虚構に安住できる時代は終わった。日本は自らの力で自国を守れる体制に早急に転換しなければ、もはや自国の存続すら危うくなる時代になっている。

(了)


<プロフィール>
矢野 義昭
(やの・よしあき)
1950年生まれ、大阪府出身。拓殖大学博士(安全保障)。京都大学工学部機械工学科卒、同文学部中国哲学史科卒。74年陸上自衛隊幹部候補生学校入校、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令等を歴任、陸上自衛隊小平学校副校長(陸将補)を最後に2006年に退官。元拓殖大学客員教授。現在、岐阜女子大学特別客員教授。日本国史学会理事、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一社)国際歴史論戦研究所上席研究員。著書に、『核抑止の理論と歴史――核の傘の信頼性を焦点に』(勉誠社)など多数。

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