2024年04月16日( 火 )

九州の観光産業を考える(17)移住定住≠スローライフ

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人生のニューステージ

日中に川釣りを楽しみ、
夜間にテレワークでNY市場の株取引とか...

    間もなく、梅や桜の季節を迎える。昨今のざらついた世相を糊塗するような、穏やかな気温に心も浮き立つ。卒業や新入学、人事異動で、引越し業者が忙しくなる時期でもある。地方の高校から都会の大学へ、地方の支社から都会の本社へ。転居の図式に、アナログ時代だと「サクラサク」が基底にあった。

 逆向きの大志もある。かつて、定年退職や脱サラにより保養地でペンションを経営するセカンドキャリアが流行り、新たな展望に胸ふくらませたおじさんたちが、都会から地方へ移り住んだ。開発と分譲を手がけるペンション・オルガナイザーによる経営指導もあり、素人ながら比較的不安なく転職、転居した人たちが少なくなかった。地場コミュニティから離れた新興の開発分譲地だし、隠遁に近い転入者が多かったせいか、近所付き合いに摩擦もなかったように記憶する。

 ただ今日、この世代は老齢化し、後継ぎのないまま寂しさを増すペンション村があると聞く。ペンションブームによる地方移住は、過去のおとぎ話のようだ。

人生のリセット

 このごろは、別バージョンのおとぎ話が始まっているようだ。二拠点居住とか多拠点居住とか呼ばれる生活スタイル。所有する別荘を富裕層が避暑や避寒で泊まり歩くのとは違う意味合いで、最終的には移住定住者を多く呼び込んで、自治体が基礎体力を保とうとする一過程といえる。Iターン、Jターンをそろ~り誘導していく、戦略的な放浪旅。

 移住定住には、入念な体験的リサーチが肝心だ。表面上の限られたトピックだけで、田舎暮らしに恋焦がれるのは危険。ふるさと納税とはわけが違う。移住定住希望者の半分は、挫折するらしい。失敗例はネット検索すれば、山と出てくる。

 ただ、ネットで紹介される体験談や対処術だけであきらめるわけにはいかず、現実に肉薄し、経験値を積み重ねたうえで判断したいというのが、夢見る新世代おじさんたちの本心だろう。そこで、そのツーリズム的アプローチから「交流居住」とも呼ぶリサーチ術を、田舎移住に執着する方々へ【別表】で紹介したい。移り住む側、受け入れる側双方に、相性を見極める慣らし運転は必要なのだ。

 トライアル前に事前把握しておきたいのは、次の4つ。移住本気度が高まっていくなら、なりわい確保、医療や教育の実情については言わずもがな。①地域概要:移住候補地域の気候や地勢、②体験概要:その地域で得られる体験的居住の具体的な内容、③受入体制:その地域で体験的居住者を受け入れる体制および支援制度、④受入実績:体験的居住者を受け入れた実績や体験者の声、今後の受け入れ予定。

 多くの自治体が移住定住に取り組む状況は、つまるところパイの奪い合いだ。居住地を自由に決められる我が国にあって、税収の多寡を決める人頭を競う争いが生じるのはやむを得ない。人口減の趨勢から見れば刹那でしかない成功でも、それを得るには楽しげな移住暮らしを思わせる戦略、戦術が要る。

人生の右往左往

 二拠点・多拠点居住なんて贅沢、誰もができない。大英断の末に都会の家を畳み、一所へ移り住む人・家族は、だいたいが地場コミュニティに浸かることとなる。準備不足だと、ムラ社会のウェットな人間関係に四六時中放り込まれかねない。おいそれと引き返せない。ドライな都会暮らしに慣れた人たちが、時に過度なお節介、親切まがいの過干渉に晒される。お客サマでいるうちは珍しさもあり、愛想良く付き合ってもらえるが、定住となると手のひら返しで、ムラの掟をドスンと背負わされる。地域役務の分担がこんなにあるなんて考えていなかった/趣味の延長で農業をやるにも用水の確保にムラオサのご機嫌伺いが要りそう/ゴシップを好物とする近所づきあいに新ネタ提供で加わらなくては自分が餌食になりかねない/味噌や醤油の貸し借りやお裾分けが積み上がり重荷となる──予想外の展開に、それが肌に合って居残れる人と、どうにも馴染めず夢破れ去っていく人とに分かれていく。「それが嫌なら移り住んでくるな」とノタマウ住民だっている。しかし、行政がそれを公言するわけにいかず、移住定住者を受け入れる体面は保たれる。

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 おじさんたちは都会の喧騒のなかであがいているころ、自身の理想郷(幻想)を浪漫と言い募る。現居住地で良好な交友関係や趣味世界を築いている伴侶は、密かにあるいはあからさまに眉をひそめる。意思や社会性を持ち始めた子らは、距離を置く。妻や子らが賛同し付き従ってくると考えるのが、そもそも勘違い。就学期へ成長するにつれ、子のさまざまな機会を摘み取りかねない僻地暮らしに、おじさんたちは正当性を唱えきれなくなる。

 今どきの移住定住実践者は、シニア層に限らない。デジタル文化を使いこなし、テレワークを常套手段にできる世代には、ワーケーションなんてお手の物、サブスクの転居支援だってある。地域おこし協力隊とは別スタンスで、ムラの酒飲み交わし習俗を軽やかにあしらい、原住爺さま婆さまをご機嫌よろしく手玉に取るといった、近未来型移住定住のおとぎ話が紡ぎ出されてほしい。


<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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