2024年04月27日( 土 )

林産業活性化に向けたサプライチェーン構築が次の段階へ(後)

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(一社)九州経済連合会「モクビル研究会」
秋山 篤史 氏/西山 宏人 氏/倉掛 健寛 氏

 SDGsやカーボンニュートラル社会の実現に向け、木材活用の拡大による林産業の活性化への機運が高まっている。九州は森林資源に恵まれており、活性化による成果は非常に大きいからだ。ただ、サプライチェーンの各段階にそれぞれ課題があることから、その動きは手探りなものにとどまってきた。さらなる活性化に向けてどうすべきなのか──。九州において主導的な役割を担っている(一社)九州経済連合会(以下、九経連)の「モクビル研究会」の関係者に話を聞いた。

大径木の活用も課題

 象徴的なのがCLT(Cross Laminated Timber)の存在だ。「欧米で主流の壁パネル工法によるもので、CLTは高い強度と品質を有する品質証明が可能な木質素材。欧米での施工実績が多数存在することなどもあり、国は中層・大規模木造建築物の普及にあたり、これを主要なものの1つに位置づけている。一方で、日本での木造建築物の主流は木造(在来)軸組工法だ。CLTの建築工事に関して、日本の建設業者の多くはその施工ノウハウと経験がほとんどない」(倉掛代表)という。また、CLTパネルの製造には大規模な生産設備が必要だが、日本にはそれを備える工場がまだ少ないのが実状で、このことも中層・大規模木造建築物の普及の阻害要因の1つとなっている。

 川上である木材生産の現場にもさまざまな課題がある。そのなかでも大きなものが「大径木」(一般的に幹の直径が30cm以上になった伐採適齢期を超えた樹木)に関するものだ。大径木は、大きく成長しすぎたゆえに通常の木より伐採や林内からの搬出が難しい。搬出できたとしても、住宅用製材として住宅供給者に求められるサイズに効率よくカットできる工場が少なく、これまであまり活用されてこなかった。さらに、製材の価格も適齢期の木からカットされたものと比べ低いことから、伐採しても林産業に十分な利益が生まれず、それにより再造林が難しい状況になっている。

 以上のような状況により、「各サプライチェーン関係者の事情、思惑が異なり、コンセンサスが十分に取れておらず、体制も整えられていない」(秋山事務局長)ことが、これまでに非住宅・中大規模建築物において木材活用が進展してこなかった理由だ。では、より前向きな方向にどうもっていくか。

トラスユニットを用いた建物の空間事例
トラスユニットを用いた建物の空間事例

九州内の知恵が拓く新たな木材利用の未来

 それを可能にするため、前述のモク三ビルが提案、発表されたわけであるが、その後、県木促協やFTBLなどは、福岡県内だけでなく、九州各県のさまざまな立場の事業者との意見交換を行い、その一環として「九州型中規模向け実用木質トラスユニット(通称:大分トラス)」の実用化に取り組んだ。トラスとは、事務所など柱の少ない大空間を実現するために床や屋根に用いられる構造部材。これまでは鉄骨材や鉄骨と木材によるハイブリッド構造であることが多く、また構造をかたちづくるためには複雑な工程や作業が必要とされていた。

 大分トラスは、大分県内の木造校舎に地域材を活用するため、大分大学理工学部木質構造研究室(田中圭准教授)、大分県農林水産研究指導センターの共同研究チームによって開発された。住宅用流通製材(スギ・ヒノキ)を使用して材料費と調達費を削減。部材の標準化を図りパーツの種類を極力減少させ、材料は住宅用プレカット工場で加工が可能などといった特徴がある。要は、これにより川上には地域の木材の利用拡大、川なかには地域の製材所における生産、川下の地域建設事業者には施工を容易にする、設計サイドにとっても性能や品質の担保がしやすくなるなどといった、各サプライチェーン関係者のメリットについて以前より配慮されているものとなっている。

九州型中規模向け実用木質トラスユニットの施工風景
九州型中規模向け
実用木質トラスユニットの施工風景

    モク三ビルは当初提示したモデルに、九州内で育まれた知恵が採り入れられたことで実物件の建設が可能となった。つまり九経連が目指す「地域共創」の成果でもある。今後はより多くの地域産業が参画できる状況をつくり出し、地域の需要と基盤が整ったところで、住宅用流通製材を活用した大規模・高層建築物の実現、普及を模索するという。

 秋山事務局長は「トラスユニットは特殊なものではなく、住宅の技術に+αの技術と発想を加え実現したもの。さまざまな関係者との議論を経て、まずは3階建までの身の丈に合った非住宅の木造建築物において、地域が今できること(シーズ)と建物に求められること(ニーズ)との双方を見極めながら展開していくシーズ&ニーズに沿った取り組みが必要との考えに至ったから実現できた。今後はトラスに限らず各方面で地域の林業・木材産業が関与を深める取り組みを実践していく」と話す。

 さらに各県では求められる中層建築物の姿がそれぞれで異なることを指摘したうえで、倉掛代表は、「今後は各地域の状況に合わせた汎用モデルをつくるといった動きも始まっている」と語っている。

より幅広い理解と参画を得られるか

 ところで、地球温暖化が進行するなかで、林産業の復興、活性化は今後、決して避けては通れない課題である。しかし、日本全体で見ると、川上・川中・川下のすべてを念頭に置いた取り組みを行っている事例はほかにはない。それは各地域の大きさや消費地との距離、自治体間の意思疎通の程度などが関係するのだが、九州は適度なコンパクトさとつながりの強さがあり、それがモク三ビルのような具体的な取り組みを生んでいる側面もある。

 そうした観点からすると、この取り組みは九経連の将来ビジョン「九州から日本を動かす」「地域共創」を具現化する象徴的な動きであるように見える。木材の地産地消を行いやすいという地域特性もあり、「林産業の振興、木材利用の活用が一層進むようなら、雇用確保による地域の農林水産業の発展、増加する限界集落への対策などにもつながる幅広い効果も期待できる」(西山部長)という。

 もっとも、中層・大規模木造建築物、木造非住宅の普及の取り組みは現状、道半ばで、いまだ公共事業中心だ。その効果を限定的なものにしないためには、民間活力による取り組みを広げることが重要で、それには川下にあたる事業主、さらには市民も含めた、より幅広いサプライチェーン関係者の理解と参画が求められる。

(つづく)

【田中 直輝】

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