2024年12月11日( 水 )

循環経済の内側のループ構築の重要性 リサイクル前の物理的分離と資源循環がつくる新しい経済活動(前)

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早稲田大学 理工学術院 創造理工学部
教授 所千晴 氏

 人類の未来のために経済活動における環境配慮の必要性が認識として広まりつつある。しかし、カーボンニュートラルや従来型のリサイクルだけでは、その目的は達成できない。人間の幸福を損なわずに資源と環境の課題を解決するために、循環経済(サーキュラーエコノミー)の内側のループの重要さについて、早稲田大学の所千晴教授に話を聞いた。

リサイクルだけではない 循環経済の内側のループ

早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 教授 所千晴 氏
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部
教授 所千晴 氏

    ──今改めて循環経済について考える場合、重要なポイントは何でしょうか。

 所千晴氏(以下、所) 日本でサーキュラーエコノミー(循環経済)の考え方が最初に出てきたころは、循環=リサイクルという考え方に集約されてしまい、それ以外の方法についての認識の広がりが遅れたところがありました。たしかにリサイクルは循環経済の要であることは間違いないのですが、それは循環のなかでも最終的な方法であり、リサイクルだけでは実は循環経済は成立しません。

 【図1】のなかでリサイクルは右側の一番外側のループになります。大がかりに廃棄物を集めて処理する方法としてなくてはならないものであり、社会に必須のインフラとして今後より強力に回収機能をはたしていかなければならないと思います。しかし、その一方で、リサイクルでは1つひとつの部品を分離して再利用することに限界があり、利用できないものは埋め立てるか焼却処分するほかなく、結果としてCO2を大量に排出するなど環境負荷が大きくなります。

 資源消費と環境負荷を抑える循環経済を実現させるには、リサイクルに持ち込む前に、利用者に近い内側のループでできるだけ資源を循環させていくことが必要です。たとえば、自動車などを共有するシェアリングや、メンテナンスして長く使うことや、中古品として再生することなどもそうです。しかし、利用者に近いところで資源を循環させることは人の手がかかる活動として、従来の大量生産・大量消費の経済のなかでは切り捨てられてきた分野ともいえます。

 また、リサイクル以前に資源を循環させるには、複雑に組み合わされた素材を物理的に分離する技術の確立も重要です。内側のループで製品や資源を循環させる経済活動が活発化するように社会的な支援も必要でしょう。たとえば、再生品に高い付加価値を付けて消費者に選ばれるようにするなど、消費者の行動変容を促す制度を整えることが考えられます。また、この内側のループは使用者に近いところで営まれる経済活動であるため、中小企業が重要な役割をはたす部分でもあります。

人間の幸福と経済成長を資源と環境負荷から分離する

 ──環境配慮が課題となるとき、経済活動とのバランスが問題とされます。

 所 従来は経済活動が活発になると資源消費も増大し、CO2排出量など環境への悪影響も増大するという連動がありました。そのため、資源や環境への影響を抑えるには、経済活動を抑制せざるをえないという考えになりがちです。しかし、循環経済のなかでも環境負荷が小さい内側のループを経済活動として確立することができれば、経済活動と資源消費と環境影響の連動を切り離す(デカップリング)ことができます。ここで提案する循環経済は、資源と環境への負荷を抑えながら経済活動(GDP)を両立して人間の幸福を最大限にする経済の仕組みです【図2】。

 また、循環経済はカーボンニュートラルとの兼ね合いでも重要です。現在、世界的な気温上昇や異常気象を背景として、人間の未来のためにはCO2排出量を減らすことが必要との認識のもとで、世界的にカーボンニュートラルが推進されています。しかし、カーボンニュートラルはCO2排出量を減らす一方で、資源消費を急増させるという現実があります。増大する資源消費に対処し、かつCO2排出量も抑えるにはリサイクルだけでは不十分で、省エネルギーで資源循環させる内側のループが必要不可欠です。

技術的側面からみた循環経済
マテリアルリサイクルの可能性

 ──所さまの専門は物質の分離技術だと聞いています。

 所 私は元来、鉱物を分離したり濃縮したりする技術を専門としています。しかし現在では鉱物だけでなく、廃棄物を資源循環させるための物理的な分離技術を研究しています。

 【図3】は資源循環を、物質と分離技術の段階に応じて、製品から原子までの段階に分けた概念図です。一番外側の円は、物質を最も小さく原子分子レベルまで解体する方法で、燃焼などの化学的分離です。化学的分離は、たとえば、複合素材から鉄を取り出す場合など、99.99%という純度の高いものを精製することができるため、この方法を洗練させることが重視されてきました。

 しかし、この方法では廃棄物から最終的に利用できるものとして取り出せる物質は限られており、その一方で物質を原子分子レベルまで解体するために莫大な必要エネルギーと大量のCO2排出をともないます。よって化学的方法だけでは資源消費と環境負荷から経済活動を切り離すデカップリングは実現しません。

 この問題を解決するために、化学的分離よりも1つ内側の円、物理的分離によって粒子や結晶を取り出して再利用する方法が求められています。現在EUを中心に化学的なケミカルリサイクルよりも、物理的なマテリアルリサイクルを重視する考えが提唱されています。物理的分離は化学的分離に比べて原理的に必要なエネルギー量を抑えることができます。しかし、技術的には課題も多く、革新的な技術開発のために研究が進められています。物理的分離技術の確立は、循環経済の内側のループの可能性を広げるうえでとても重要です。

 ──具体的にはどのような技術が研究されているのでしょうか。

 所 私は電気パルスを使った分離技術などを研究しています。電気が通るところと通らないところの差別化をうまく利用して、省エネルギーで精緻な解体や分離を可能にする方法の研究です。たとえば、リチウムイオン電池に使われているアルミの集電箔にニッケルやコバルトが接着されています。なかなか分離することが難しい部材ですが、電気パルスを使うときれいに剥がすことが可能です。電気パルスは化学的な方法に比べてずっと使用エネルギー量が少なくて済みます。物理的分離を用いれば、リサイクルで大量のエネルギーを消費しても取り出せなかった物質を、省エネルギーで分離して再利用する可能性が開けてきます。

 化学的な分離によって原子分子レベルで純度の高い物質を取り出さなくても、粒子結晶や構造を残して物質を分離することができれば、構造レベルで経済的価値をもたせて再利用することができます。粒子は物質として特性をもつため原子分子と比べてコントロールが難しいですが、技術の確立は十分可能だと考えています。

 しかし、物理的分離を容易にするには、何といっても製造段階で廃品後の解体を想定した易分解設計を行うことです。現在の製品は、素材として結合された物質同士が最終的に分離されることや、そのためのコストをまったく考えずに設計されています。物質としての分離だけでなく部品や部材レベルでも解体後の再利用を容易にするために、製造者の協力は不可欠です。

(つづく)

【寺村朋輝】


<プロフィール>
所千晴
(ところ・ちはる)
2003年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、専任講師、准教授を経て、15年より現職教授。クロスアポイントメントにて東京大学大学院工学系研究科教授を兼任。JX金属(株)社外取締役ならびに(株)トッパンフォトマスクの社外取締役を兼担。経産省、環境省、文科省、人事院、東京都等の委員をつとめる。22年よりサーキュラーエコノミーに関する産官学連携活動のための循環バリューチェーンコンソーシアムを立ち上げ会長として活動。著書に「資源循環論から考えるSDGs」(エネルギーフォーラム社、22年)など。専門は資源循環工学、化学工学、粉体工学。

(後)

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