【連載】コミュニティの自律経営(40)~海の中道飲酒運転事件
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元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。
連載の第1回はこちら。海の中道飲酒運転事件
それは、平成18年(2006)8月25日の早暁のことだった。僕は腰痛のため、古賀市のK整形外科に入院していた。早朝のテレビのスイッチを入れると、海の中道大橋で大変な事件が起きている模様で、消防車や救急車にパトカーの赤色灯、さらにはサーチライトが煌めき、何ごとかと観ていると、夜半に幼いこども3人の命が奪われる悲惨な飲酒運転事件が発生していることがわかった。さらに衝撃的だったのは、その犯人が福岡市職員だったことだった。
2016年五輪の国内候補地の選定を5日後(8月30日)に控えていた。最初の記者会見に副市長が出ていたが、それはマズイと思った。さらには当該職員を分限免職にしたことから、強い批判を浴び、9月15日付で懲戒免職処分となった。最終的に危険運転致死傷罪が適用され、この事件を契機に飲酒運転関連事件が社会問題となり、飲酒運転とひき逃げの罰則も強化されていった。福岡市役所でもさまざまな取り組みが行われたが、残念ながら、福岡市職員の飲酒による事故・事件が続き、平成24年(2012)5月には、前代未聞の1カ月間の「禁酒令」が発令される事態にまでなってしまった。
市長選挙を目前に控え、この事件は広太郎さんの3期目落選の原因の1つとも言われた。僕は、当時議会事務局勤務とは言え、組織風土や職員の意識改革を目的としたDNA運動を唱道してきた立場でもあり、この事件は痛恨事だった。
事件の翌年、3人の子どもたちの菩提寺である東区馬出の妙徳禅寺に、広太郎さんの発案により「そらとかぜとひかりのお地蔵さま」が市職員などの募金で建立された。現役時代は議会事務局職員や中央区役所職員とともに祥月命日や月命日にお参りしてきた。自分自身のなかで、この事件を風化させないように、現役を退いた今も、祥月命日には欠かさず、月命日にもできるだけお参りし、飲酒運転の撲滅と安全運転を誓っている。広太郎さんとも、市長退任後、一緒にお墓参りしたことがある。毎回、「飲酒運転の撲滅ができなくてごめんね」と謝らなければならないのは情けない。
山崎市政とは何だったのか
数年前のことだが、福岡市が東京で開催する「東京懇話会」において、山崎市政の8年間を「どん底の酷い時代だった」と語っている職員がいて、それを聞いた参加者の方から、「今の市職員の認識はそうなんですね、驚いた」との感想が寄せられた。くそ食らえと思うが、たしかに山崎市政はいわばバブルの清算に追われた大変な時代だった。
大規模事業点検、SBCの特別清算やアイランドシティ問題をめぐる銀行団との攻防、ケヤキ庭石事件、今こうして振り返っていると、息つく暇もないあのころの日々を思い出す。ありきたりだが、今日の一見順風満帆の市政運営の土台は、山崎市政のあの8年間の礎の上にあることを忘れてはならないと思うのだが、いかがだろうか。
さらには、わが国の自治体行政改革史に名を残したDNA改革。DNA運動/DNAどんたくを契機として全国自治体に広がったカイゼン運動は20年の歳月を経て、今もなお全国都市改善改革実践事例発表会として開催され、福岡市が自治体カイゼン運動の発祥の地としてのリスペクトを受けつづけていること、さらには「コミュニティの自律経営」を掲げ、町世話人制度の廃止、自治協議会制度の創設、公民館のコミュニティ拠点機能やNPO施策の展開により、本市におけるコミュニティ政策の大転換が図られたことなどの功績から目をそらしてはいけないと思う。
処分せずに持っていた資料から凄いものを見つけた。どういう経緯でつくったのか、2期目の真ん中での喝を入れる意味があったのか、山崎市政の立ち位置を確認しておきたかったのか?これまでやってきたこと、これからやるべきことが明確に記されている。ある意味、山崎広太郎市政の志と方向性を示した歴史的な文書にすら思えるので、全文を紹介して、この章を締めくくりたい。
市役所改革の基本的考え方
平成17年(2005)2月15日庁議資料
〈市長室経営補佐部DNA課〉【なぜ改革が必要なのか】
求められる『地方の自立』。一貫した信念を持った市政運営〇現在、少子高齢化の進展など、わが国の社会環境は大きな変化のなかにある。これまでのような右肩上がりの成長と拡大は見込めないなか、国の三位一体改革が進むなど、財政的にも地方に対する自立の要請が高まっている。
〇こうした厳しい環境のなかにあって、最も重要なことは、そもそも市役所とは何者か、根本に立ち返ることである。主権者である市民こそが行政のよりどころであるし、市民の幸せに貢献することが市役所の使命であり、市役所の仕事である。
〇これからは「地方の真の自立」が必要であり、一貫した信念をもって市政を運営すること、またあらゆる変化に堪えうる市役所をつくることこそ、市民の幸せに貢献することになる。
〇そのためには、従来の市役所、あるいは職員の体質を変えていかなければならない。それが市役所改革である。【一貫した流れの中で市役所改革を進める】
目指すものは「自治都市」「元気都市」の実現。市民、民間との「共働」が基本〇これまでに、大規模事業点検の実施、市債発行の抑制、経常経費の見直しや予算制度改革、情報公開条例の全面改正、DNA計画に基づく市役所改革の推進など、市政運営の転換を図ってきた。
〇また自治協議会の設置など地域自治体制の抜本改革に着手するとともに市政経営戦略プランを策定し、これまで一貫した流れのなかで取り組んできた改革を中断することなく市政運営をして行こうとする考え方を整理した。
〇これから目指すものは、「自治都市・福岡」「元気都市・福岡」の実現である。市民、民間との「共働」こそこれからの行政運営の基本となる。極端に言えば、必要な事以外は「何もしない覚悟」を持って、一方的なサービス供給ではない、市民との「共働」関係を構築して行く。
〇共働関係を構築して行くことが、地域コミュニティの自律的な経営へつながり、地域自治の大きな力を生み出す。地域が元気になり、都市を形づくる一人一人が自治意識のもとで元気に活動し、このような力が集まり、都市全体が元気になることによって、「自治都市・福岡」「元気都市・福岡」が実現する。【これから市役所が果たすべき役割、これからの職員像】
地域と共働する市役所。職員はコーディネーターに〇これからは、地域住民が抱える課題解決のため、地域と共働する市役所であることを基本とする。(「市役所がやります」から「一緒にやろう」へ。「市役所で何とかしてくれ」から「自分らはこれをやるから、市はこれはやってくれ」へ。市民に対して、主権者としての相応の自覚を促していくことも、これからの市役所の重要な役割)
〇これからの職員像は、地域・民間との共働関係のなかで、課題解決に向け精力的に地域や民間の懐に飛び込み、市民や民間の力を引き出すコーディネーター。【市役所改革とは】
「役所の論理」から「市民こそ主権者である」ことへの転換〇つまり、市役所改革とは、「役所の論理」から「市民こそ主権者である」ことへの転換であり、あらゆるところで仕事の仕組みや進め方を問い直し、徹底的な行政のスリム化、組織風土や職員の意識、発想を変えていくことである(従って、単に財政が厳しいと言うだけで改革するのではない)。
〇これまでの市役所の仕事の進め方、いわゆる市が一方的にすべてを行うやり方から、市民・民間との共働へ大転換させることが重要。このことが地域自治への大きな力となり、地域の活性化へもつながっていく。
〇財政的観点から言えば、税収の範囲内での市政運営が本来の姿である(これまでの数年間は、経常経費の縮減、市債発行(借金)の抑制等によりプライマリーバランスを堅持してきたところだが、今後はこれらに加え、行政のあり方そのものに踏み込んだ改革が必須)。
〇また、改革の過程において、当然、市民にも痛みを強いることもある。市民の理解と信頼を得るためには、市役所改革に真摯に取り組む姿を示す必要がある。
〇そのため、「自らを律する」スリムな行政を目指し、聖域を設けることなく厳しく精査し、行政の徹底的なスリム化を進める。(つづく)
<著者プロフィール>
吉村慎一(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
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