2022年06月30日( 木 )
by データ・マックス

ホークス日本一に学ぶ組織マネジメント(前)

ikeda_prプロ野球解説者
池田 親興 氏

 

 2014年に続く二年連続の日本一を成し遂げた福岡ソフトバンクホークス。ともすれば優勝して当たり前と言われるチームを率い、そのプレッシャーをはねのけて、期待を上回る成果を出したのが、今シーズンから監督に就任した工藤公康監督である。圧倒的な強さを見せつけた今シーズン。一体、現場ではどのような采配が振るわれていたのか―。プロ野球解説者として工藤監督に密着取材を続けてきた池田親興氏が重点を置くのは、野球界全体を視野に入れた工藤監督の危機管理である。

ホークスの強さは選手だけにあるのではない
 ――今年はホークスにとって、どのようなシーズンだったと思いますか。

 池田親興氏(以下、池田) 2015年は、秋山監督に代わり、監督やコーチ経験のない工藤公康監督が、有り余る戦力で、おそらく連覇するだろうと言われているチームを引き受けました。福岡に住んでいる自分たち、ファンの方たちも含めて「連覇はゆるぎない」という気持ちがあったと思います。14年のシーズンは144試合の最終戦という、ギリギリのところでリーグ優勝を決めましたが、「力はある」と。
 強いチームを引き受けるには、覚悟がないといけません。日本一や連覇が義務付けられているチームを、なおかつ強いかたちで優勝しなければいけないという使命のなか、監督を引き受けるわけですから。しかし、どの世界でも同じだと思いますが、当たり前が当たり前ではありません。優良企業は、業績を上げた結果として優良企業になるのであって、設立時から優良企業ではありません。大企業でも何か問題を抱えてダメになった例がありますし、そこで危機管理というか、どんなふうに乗り越えていくかで本質的な会社の力が問われます。そのためにはやはり、起こるであろうことを先に考えていなければなりません。危機管理はお金のあるなしに関わりなく、新しく何かを始めていくうえでは、ある程度「起こり得るだろう」という幅を持っていなければなりません。

 ――野球で起こり得る危機とはどういったものがありますか。

プロ野球解説者 池田 親興 氏

 池田 いくつかあるうちで、ひとつは怪我です。次に、去年好調だった選手が今年はまったく違う動きをする、いわゆるスランプとか。野球人の選手寿命は大体35、36歳ぐらい、平均すると30歳を切ってしまいます。40歳までできる人は何人かしかいません。仮にプロ野球人生を10年と仮定して、一般のサラリーマンが定年の60歳までに最大約40年間働くとして、その平均寿命を考えると、野球人の1年の重みは、サラリーマンの4~5倍になります。
 1年がサラリーマンの4~5倍という考え方を持って、選手は野球人生を考えないといけません。しかし、その1年のなかで急にピークを過ぎてしまう選手、その年における自分のかたちを作れない選手、自分の調子を出すためのボタンを探せない選手が出てきます。選手が働いてくれるという前提で計算していますから、その選手に代わるバックアップ要員、さらにそのバックアップ要員に対する次のバックアップと用意をできることが戦力であり、そのことを頭に入れてチームを考えることが、野球で戦ううえでの監督の力だと思います。
 言い方を変えれば、今年戦いながら、すでに来年も考えておかないとだめだということです。それは企業のあるべきかたちにも通じているのではないでしょうか。今あるものが次につながらなければ意味がない。しかしそれは、去年ホークスにいなかった工藤監督にとってはすごく難しい作業です。そのうえ期待も非常に高い。さらに連覇もかかっている。簡単に監督を引き受けられるシーズンではありません。ですが、監督やコーチの経験がない工藤監督がそこを引き受け、なおかつ年間90勝というホークス史上最高の勝ち星を上げ、クライマックスシリーズと日本シリーズでは1敗しかしていない。本当に『王道の野球』をしていったということに関して、単に選手が強いだけではないと、そばで見ていた僕は思っています。
怪我をしない身体を引退後に大学で研究
 ――工藤監督はなぜ、期待を上回る結果を残せたのでしょうか。

 池田 工藤監督は、現役引退後、現役時代に培った経験を踏まえて研究を始めています。テレビにも出ていましたけれど、その最中に筑波大学の大学院に入学しています。現役中の膝の怪我がきっかけで知り合った同大学の先生と、野球を分析し直すところから始めて、怪我をしない身体づくりのための研究を始めました。その研究は、子どもの頃から始まっています。子どもの野球を見ていると、子どもの怪我が多い。成長期の成長痛、無理をすることの影響、どれくらいの球数やトレーニング量が適切か、ストレッチなど、どのようなアフターケアをすべきかなど。工藤監督は、月曜から金曜日まで、大学のすぐそばの下宿を借りて学校に自転車で通いながら、テレビ出演時には東京へ行き、土日だけ家に帰るという生活をしていました。それがやっと落ち着いて、さあこれからというときに監督が決まりました。

 ――本当は、これから研究をするつもりだったんですね。

 池田 子どもの筋肉が柔らかいからといってほったらかして、すごく怪我している子が多いんです。指導者の考え方に間違いが多く、指導者の育成も1つあると思います。子どもの時からやれるようなもの、ひいては、野球だけでなくほかのスポーツにも当てはめられるようなものになっていけばいいと考えてやっていこうとしていました。選手生活のなかで、故障しながらも長く野球をやれた工藤監督が、まだ足りていない部分を自分で模索する。結果的にそういう意識が備えに変わっていき、チームを強いかたちに持って行けたと思います。
 工藤監督を見ていると、やはり『準備』が大切だと思います。イチロー選手に怪我が少ないのは、試合時間をさかのぼること5~6時間前に球場に来て、極端な話、栄養ドリンクを飲む時間まで決まっています。何時になったら、これをして、トレーニングして、着替えて、アップしてと、全部をいつもおなじルーティンで準備をして、筋肉が試合に備えられるように、頭と体と心が一体になれるようにと。人間は、たとえ落ち着いた穏やかな暮らしをしていても、朝、身体の調子が悪かったり、自分の思ったように身体が動かなかったりします。やはり、20歳の僕の身体と56歳の僕の身体では一緒ではありません。しかし、アスリートとしては、20歳の身体と40歳の身体でも、40歳なりの良いかたちのものを作らないといけません。
(つづく)
【特別取材班】

<プロフィール>
池田 親興 (いけだ ちかふさ)
1959年5月17日、宮崎県生まれ。法政大学卒。83年にドラフト会議で阪神から2位指名され入団。85年は開幕投手に指名され、チームの日本一に貢献した。91年にダイエーに移籍。95年、ヤクルトに移籍し、同年現役引退

 

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