自律を獲り、自立できるか（後） ～教師が生徒にやれること～（1）

“与えすぎ”という問題

    幼少期の「家庭」に対し、10代では「学校生活」が子どもの成長にとって非常に大きな影響を与えることになる。成長が進み中等教育期に入ったころ、今度は“与えすぎ”という問題が出てくるのだ。親は愛情＝干渉を断ち切ることができず、そのまま過剰な干渉や物資を与えすぎてしまう。そんな慣習は家庭内だけでなく、「学校」という場所でも行われていた。

　日々さまざまな場所で受けられる日本のサービスは、とても便利で快適だ。1人ひとりをお客さまとして扱ってくれる…。ただ人間は、サービスを与えられ続けると次第にそのサービスに慣れ染まって、もっと良いサービス、さらに高いレベルのおもてなしを求めるようになる。人はサービスにあまりにも慣れすぎると、自分勝手に理想をつくり、その理想と現実を比べてだんだんと不満が積もっていくもの。今同じことが、教育の現場でも起きているという。

　『3年B組金八先生』は“学校教育に問題がある”というイメージを広く根づかせた、と教育者・工藤勇一氏は指摘する。ドラマは多くの人たちの共感を呼び、教育への関心も高めてくれたはずなのに、現場で働く教師への生徒や保護者からの逆風は強くなっていったのだ。このドラマは「学校は抑圧的な場所」で、“先生の多くは子どもにとって敵”であるという構図をつくりあげてしまった。そして、「金八先生のような先生こそ子どものことを考えてくれる正義の味方だ」「金八先生のように昼夜問わず問題に立ち向かってくれる教育熱心な先生が、教師のあるべき姿だ」とする風潮が高まっていった。

つくられた「学校＝悪」

    「生徒たちの問題に対して消極的で、自分の体裁や保身ばかり気にしている」「教師の多くはことなかれ主義」「教師たちが信奉する管理的な教育が悪い」など、金八先生以外の教師像がそんな風に映ってしまった（本当は良かれと思ってやっているうちに、結果として問題を生み出してしまうという悲劇的なケースもたくさんあると思うが）。『3年B組金八先生』以降、さまざまな学園ドラマで何でも解決してくれるスーパー教師像が生み出されていったが、熱血教師の姿に心を打たれて生徒たちが改心していくパターンの物語が繰り返し描かれていくことが、知らず知らずのうちに「学校＝悪」という構図をつくり上げていってしまったのだ。ドラマのようなスーパー教師がいる学校はいい。助けを求めて、その先生に頼ればいいだろう。しかし、スーパー教師がいるような学校は少ない。

　教員側からすれば、できるだけ問題を発生させないようにしたいという心理になりがち。そして問題が生まれないようにと、ますます管理を徹底していくようになる。少しでも学校が荒れたら、それを正すために学習規律や生活規則を厳格化し、守らせ、管理していく。また、生徒や保護者の視点からいえば、「教師や学校にサービスを求める」という図式を加速させてしまったのだ。つまり、良いサービスを「してあげる」のが良い学校や先生であり、親からすれば「学校が我が子にサービスを提供するのは当たり前」という考え方になる。それによって、学校の現場はさらに大きな問題を抱えることになった。大人が何でもやってあげ、与える側に立ち、子どもは与えられることに慣れてしまう。そんな構図が、日本中の学校に定着してしまったのだ。

学校教育の問題点

    簡単にいえば、「教育のサービス産業化」。与えられるのを待つ姿勢が当たり前になった人間は、うまくいかないことが起こるたびに他人のせいにしてしまうようになる。いじめが起こるのは学校が悪い。子どもが授業を理解できないのは、教え方が下手な先生の問題だ。成績が伸びないクラスは担任の責任、生徒も保護者もそのような考え方になっていきがち。旧来の学園ドラマ（金八先生・GTO・ごくせん等）は「学校教育に問題がある」というメッセージを含ませ、ドラマとしてはわかりやすい対立構造をあおり、多くの視聴者を惹きつけるために奔走した。ドラマとして学校の問題がクローズアップされたこと自体は、大きな意味があったかもしれない。ただ、問題の根本的な原因が見えにくくなっているのが、今の教育現場なのかもしれない。

　レジリエンスの弱い子どもは、この流れを真正面から受け止める。気づけば“考える”ことを止め、うまくいかないと引きこもり、挫折を抱え込む。子どもが自分で考えて行動するよりも大人から教えてもらうことが当然になってしまい、自分で答えを導くのではなく、大人がもっている答えを受け入れるのが常態になってしまっている。そこで自身とのバランスを崩してしまった子たちは、自分の感情や行動を制御できなくなってしまう。

　本来、教員は子どもの学力よりも、非認知能力に対して大きな影響力を与えている。だからクラス替えのときの担任選考に、親たちは無意識に一喜一憂する。先生の人柄やコミュニケーション力、教鞭を執る姿勢がどうなっているのかと。教育や子育ては、短期的な成果よりも長期的な成果のほうが重要だ。たとえば、社会に出てから華々しく活躍していれば、小学校のときの成績不振や中学受験の失敗などは、過去の笑い話に過ぎなくなる。成績よりも、受験よりも、「学校を卒業した後に役に立つ」教育こそ重要だということを、学校のなかから発信していかなければならない。しかし、学校で行われることは、依然子どもの学力を伸ばす、もしくは基礎学力を容れるためのメインストリーム教育。レジリエンスを強化する環境にない家庭の子がいれば、先生方にはぜひその感度をもって、手を差し伸べてあげてほしい。

（つづく）

＜プロフィール＞
松岡秀樹（まつおか・ひでき）
インテリアデザイナー／ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。