国際政治学者 和田大樹
多くの人々が予測していたように、1月にホワイトハウスに返り咲いたトランプ大統領は関税で諸外国に動揺や混乱を与え、とくに、中国に対する高関税政策を強化した。1月20日、トランプ大統領は中国からの輸入品に10%の追加関税を課す大統領令に署名し、2月4日にそれが発効され、それ以後、3月3日(追加関税を20%に引き上げ)、4月8日(中国に対する相互関税104%)、4月10日(中国に対する相互関税125%)など、中国に対する政治経済的な優位性を堅持するため、また対中貿易摩擦を削減するため、トランプ大統領は対中強硬姿勢を前面に示した。
これに対し、中国は報復関税で対応しつつ、米国を自由貿易に対する脅威と位置づけ、自らが自由貿易の旗手であるというイメージを諸外国に強く印象付けようとしている。トランプ政権の再発足から今日に至るまで、中国による関税発動はすべてが後攻的なもの(報復関税)であり、4月に相互関税に対する一律関税で対抗するまでは、特定の米国製品に的を絞った限定関税で対処してきた。この背景には、中国としてはまずはトランプ政権の対中姿勢を見極めようという思惑があると同時に、日本や欧州、グローバルサウスなど諸外国に対して、「中国は先制的に攻撃を受けているが、自由貿易を守るためトランプ政権の保護貿易主義には屈しない」という姿勢をアピールする狙いがあったと筆者は考える。実際、習近平氏は昨年ブラジルで開催されたG20の場で、途上国の頼れる長期的な協力パートナーであり続けると同時に、保護主義と単独主義に反対し、国連を中心とした多国間主義・国際秩序を維持しなければならないと言及している。
この文脈からは、習近平氏がスマートチャイナを諸外国に強くアピールする狙いがうかがえる。最近になり、中国が日本産水産物の輸入を再開する姿勢を示しているが、この背景にもスマートチャイナが関連しており、中国としては、同盟国にも関税圧力を加えるトランプ政権と日本との間に一種のくさびを打ち込み、対中圧力としての日米関係を形骸化させると同時に、自らにとって都合の良い自由貿易環境を整備したい狙いがある。日本産水産物の輸入再開とは、言い換えれば、「保護主義に屈することなく自由貿易体制を共に守ろう」という日本へのメッセージである。
こういった状況では、米国より中国に優先順位を置こうという声が日本企業のなかから広がってきても不思議ではない。近年、日本企業の間では脱中国依存の動きが見られるが、それが後退する可能性も考えられよう。
しかし、日本企業としては今一度、地政学リスクを改めて意識する必要がある。尖閣や台湾など、日中間には依然として多くの地政学上の難題が存在し、とくに台湾情勢をめぐっては今後も緊張が続くことは避けられない。日本企業としては、中国がスマートチャイナを強く示すなかでも、これまでの脱中国依存という姿勢は引き続き維持すべきだろう。トランプ政権下の不確実な通商環境のなかにあっても、脱中国依存とASEANやインドなどへのシフトは、日本企業にとって重要な選択肢である。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap