政治経済学者 植草一秀
本年7月に地震と津波があるとの予知夢が喧伝されて注視していたが、7月30日にカムチャッカ半島沖で巨大地震が発生して津波も発生。日本にも1メートルを超える大津波が襲来している。予知夢を全否定も仕切れない現実が生じていると言える。
マグニチュード8.8の地震は巨大地震に分類される。ロシアでは3メートルを超える津波が陸地を襲い、建物が流される映像が伝えられている。7月30日の日本の沿岸部では夕刻の6時から7時ころにかけて満潮となるため、その時間帯の津波襲来に強い警戒が求められる。
今回の地震は太平洋プレートが沈み込む接触面で発生するプレート型地震と見られている。今後発生が予想される南海トラフ地震と同類型の地震。想定されている南海トラフ地震がいつ現実化するのかは不明。最大級の警戒が必要である。
今回のカムチャッカ地震に関して警戒が求められるのは、目先は7月30日夕刻の満潮時の影響だが、少し時間軸を広げると、今後に想定される余震の発生だ。余震には二つの類型がある。地震発生時から時間的に極めて接近した時間帯に発生する余震群が一つ。もう一つは本震発生から数年から十数年の時間をおいて発生する余震。マグニチュード8.8クラスの巨大地震が発生したのであるから、当然のことながら規模の大きな余震の発生を警戒しなければならない。
2016年4月に発生した熊本地震では4月14日と16日に二度の震度7の激しい揺れが観測された。地震の規模を示すマグニチュードでは4月14日の地震がマグニチュード6.5であったのに対し、4月16日の地震がマグニチュード7.3だった。このことから、4月16日の地震が本震で14日の地震は前震とされた。大きな地震が本震でなく前震の場合があり、この場合には、大きな地震の直後により大きな地震が発生することになる。
また、一つの地震が離れた場所にある別の地震を誘発するケースもある。1596年に発生した慶長伊予地震では、9月1日に、愛媛の中央構造線・川上断層セグメント内でM7.0規模の地震が発生した。その3日後の9月4日に、豊予海峡を挟んで対岸の大分でM7.0-7.8の慶長豊後地震(別府湾地震)が発生。この豊後地震の震源とされる別府湾-日出生断層帯は、中央構造線と連続あるいは交差している可能性があるとされる。さらにその翌日の9月5日、これらの地震に誘発されたと考えられるM7.0-7.1の慶長伏見地震が京都で発生した。このように離れた場所で地震が連鎖的に発生する事象が確認されている。カムチャッカでの巨大地震発生がもたらす影響に十分な警戒が求められている。
予知夢については頭ごなしに否定する向きが多いが、この世の中では科学的に解明が難しい事象が観測されることは少なくない。科学はあくまでも確立された知見に基づくものごとの解釈であって、人類がまだたどり着けていない領域に何らかの法則性や蓋然性が存在することを断定的に否定することは真実に対して謙虚な姿勢ではない。科学的に説明のつけにくい事象が存在する可能性を全否定しないことが真実に対する謙虚な姿勢であると言える。その謙虚な姿勢こそ、未知の分野の新たな知見を引き出す、あるいは、確立させる原動力になることを見落とすべきでない。
私たちが知るべきことは日本が世界最大の地震国であるという事実。全世界において人が認知する大きな地震の2割以上が日本で発生している。地震計の設置が広がり、1,500ガル以上の揺れを伴う地震が頻発していることも確認された。かつての知見では、関東大震災は震度7で、ガル数としては350ガルないし400ガル程度だろうと思われていた。ところが、現在では震度7は1,500ガル以上に相当するということが、阪神淡路大震災の後に全国各地に地震計が置かれた結果として科学的に判明した。
問題は日本の原発の耐震性能である。関東大震災が350ガルないし400ガル程度であったことを前提に日本全国の原発が建造された。その結果、日本の原発のほぼすべてが1,500ガルの揺れに耐えられる性能基準で建造されていない。福井地方裁判所の樋口英明裁判長が大飯原発の運転停止命令を示した主因がこの点にある。私たちは巨大地震再来のリスクが目の前に迫っていることを認識することが必要不可欠だ。
津波警報が発令されて多くの箇所で避難指示が発出された。多数の市民が避難を迫られた。しかし、今回地震は猛暑とも重なった。地震発生に伴う津波対策としての避難指示を講じる場合、対象となる国民の人数は膨大になる。その避難に際しての避難民の境遇が劣悪である。
災害のたびに避難所のレベルの低さが問題にされてきた。世界にはスフィア基準という基準がある。スフィア基準とは、災害や紛争の被災者が尊厳ある生活を営むための人道支援活動における最低基準のこと。正式名称は「人道憲章と人道対応に関する最低基準」。1997年に非政府組織(NGO)グループと赤十字・赤新月運動によって開始された計画。2018年版の改訂に伴い「スフィア・プロジェクト」という名称が「スフィア」に改称された。
「スフィア基準」の概要は以下のもの。
目的:被災者の生命と尊厳を守り、避難生活の質を向上させること。
基本理念
1.人道憲章の尊重
すべての人々が、人種、宗教、性別、年齢に関わらず、尊厳ある生活を送る権利があること。
2.権利保護の原則
被災者の権利が保護され、安全で安心な生活を送れるようにすること。
4つの必須分野:
1.給水、衛生、衛生促進 (WASH)
水の供給、トイレの設置、衛生環境の整備など。
2.食料安全保障と栄養
食料の供給、栄養バランスの確保など。
3.避難所と居住地
居住スペースの確保、プライバシーの保護など。
4.保健医療
健康管理、医療サービスの提供など。
具体的な基準例
1人あたりの居住スペース: 3.5m2以上
トイレの数: 20人に1つ以上、男女比は1対3
1人あたりの最低必要水量: 1日15リットル (状況に応じて増減)
昨年11月に石破茂首相が臨時国会の所信表明演説でスフィア基準に関して言及した。「発災後、早急に全ての避難所で(同基準を)満たすことができるよう事前防災を進める」と表明した。しかし、まったく進捗していない。
2024年1月に能登半島で発生した地震では被災者が悲惨な避難所で苦難を極めた。震災発生から19ヵ月が過ぎようとしているが、被災者のなかに、いまなお自宅で水道を自由に使えない方々が存在する。震災直後の避難所では食料の提供も不完全極まりなかった。1年後の2025年1月に台湾で能登半島地震に匹敵する大地震が発生したが、台湾では地震発生の当日からプライバシーを確保できるシェルター型の避難テントが提供され、また、温かい食事も提供された。台湾と比較しても日本はもはや完全な後進国に転落している。
津波警報で市民が避難所に誘導されたが、スフィア基準からは程遠い施設で不自由な時間をすごしているのが現状だ。利権バラマキの巨大国家予算を、すべての国民に提供する必要不可欠な対象にシフトするだけで、日本の避難所接遇状況は一変する。しかし、財務省は一般庶民へのサービス提供を極限にまで引き下げる対応を示す。その一方で巨大資本と富裕層に対しては青天井で財政支出拡大を容認する。利権補助金バラマキ財政は天下り等の恩恵を官僚組織にもたらすからだ。津波警報発令は日本の避難所対応が依然として後進国レベルである現実を浮き彫りにしている。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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