問題根源は財務省ダブスタ

政治経済学者 植草一秀

 昨年10月の衆院選、本年7月の参院選で与党は衆参両院で過半数割れに転落した。このことは日本の主権者が現在の政権与党に不信任を突き付けたことを意味する。まずは政権が退陣して新しい体制を創設すべきである。

 政権与党が主権者から不信任を突き付けられた理由は大きく二つある。第一は政治とカネ。自民党の裏金事件が表面化した。政治資金を不正に懐に入れていた事件である。法律に抵触する行為を実行した議員は多数存在する。日本の刑事司法が腐敗しているから国会議員で刑事責任を問われた国会議員は3名しかいないが、日本の刑事司法が正常に機能していれば数十名の国会議員が刑事責任を問われる事案。国民が消費税で生活苦にあえぐ中で自民党議員は裏金を懐に入れて納税の義務さえ怠っていた。自民党の金権腐敗体質に対する断罪が与党の過半数割れの主因のひとつ。

 第二は国民の生活苦に対して政権与党が適正な政策を遂行しなかったこと。選挙に際しても有効な提案を示せなかった。その根幹は財務省の庶民虐待政策スタンスにある。「財政規律」という言葉を使用して庶民に対する適正な政策対応を妨害してきた。

 この財務省路線に乗ったのが石破政権である。選挙で負けたのは自民党の責任で石破首相の責任でないとの言葉が聞かれるが間違っている。昨年来、インフレ襲来にあえぐ国民の生活を改善するための経済政策論議が提起されてきた。諸情勢を踏まえれば消費税の税率をまずは5%に引き下げるのが適正だ。理由は後述する。

 ところが、石破内閣は適正な経済政策を示してこなかった。石破首相は日本の財政事情が財政危機に直面したギリシャよりも悪いと国会で述べた。この認識で、財政政策を活用して生活苦を和らげる施策を示さなかった。このことは石破首相がザイム真理教信者であることを物語っている。

 ところが、ザイム真理教の教義は根本から間違っている。このことを私は『財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体』(ビジネス社)https://x.gd/nvmU9に詳述した。積極財政を大規模に展開する必要はない。財政政策のスタンスは中立で十分だ。その中立の範囲内で消費税率5%を実現することは十分に可能。

 2025年の通常国会で二つの重要決定を実現することができたはずだ。一つは企業団体献金の全面禁止。もう一つは消費税率5%への引き下げ。しかし、何も決めなかった。野党の責任も大きい。とりわけ国民民主党は二つの重大決定を妨げた主犯とも言える。国民民主党は財務省と結託し、ただ単に政権与党に加わりたいだけの存在と見える。また立憲民主党も石破内閣を温存し、大連立を成立させて財務省が目論む消費税再増税を推進する魂胆を有しているように見える。

 日本の主権者国民は参政権を活用して現存する政権に不信任を突き付けた。しかし、この「民意」が宙に浮いている。まずは、石破首相が結果に対する責任を明らかにすることが先決。次に何がどうなるかを考える前に、現実の結果に対してけじめをつけることが重要。次元が変われば、そこで新たな知恵が生まれてくる。敗戦後の日本が混迷を深めているのも、敗戦の責任をあいまいに処理してきたことが原因である。まずは結果に対する責任を明らかにすること。すべてはそこから出発する。

 財政政策の最大の問題は貴重な財政資金の大半が利権支出に回されていることにある。財務省の基本戦略は緊縮財政ではない。「財政規律」を口実に社会保障支出を切り、同時に他方で利権支出を青天井で拡大させている。この実態に目を向けることが必要。社会保障の支出には目くじらを立てるのに、利権支出の拡大は完全放置なのだ。

 このダブルスタンダードこそ日本財政の本質だ。高額療養費制度を改悪して2025年度に100億円の財政支出削減を図ろうとした。批判が沸騰して制度改悪を見送ったが、その際に、「ならば財源を提示しろ」との姿勢を示した。テレビ朝日「報道ステーション」司会の大越健介氏が番組で主張した。財務省見解の垂れ流しだ。

 他方で、2020年度から23年度の4年間に補正予算で政府は154兆円の財政支出を追加した。利権支出のオンパレードだった。その財源は全額が国債発行。「支出拡大なら財源を調達しろ」の言葉が示された痕跡もない。

 民間企業が半導体工場を建設するのに、なぜ国民が3兆円もの費用を負担する必要があるのか。民間企業がロケット事業をするのに、なぜ国民が1兆円もの基金を作る必要があるのか。コロナで病床確保を名目に6兆円もの予算が計上された。しかし、コロナで入院させてもらった国民は少数で、病院の収支だけが史上空前の巨額黒字を計上した。Go to Travel事業で恩恵を受けたのは政治と癒着する大型旅館、JTB、時間とお金を持て余す富裕層だった。

 4年で154兆円の補正予算は1年平均で39兆円。日本の財政支出では社会保障と防衛費を除くと年間23兆円ですべての政策支出を賄っている。ところが、補正予算では年間39兆円のバラマキが行われ、そのほとんどが霞ヶ関省庁と利権政治勢力に絡む利権財政支出だった。

 この財政資金を減税や社会保障拡充に充当すれば日本の庶民生活は一変する。最重要の減税政策は消費税減税。消費税の最大の問題点は所得の少ない国民から税金をむしり取っていること。所得税・住民税の負担が生じない個人から税金をむしり取る。極めて逆進性が強い。

 1989年度から2023年度までの35年間に消費税で吸い上げたお金は509兆円。しかし、同じ期間に法人の税負担が319兆円、個人の所得税住民税負担が286兆円軽減された。消費税の500兆円に100兆円に上乗せした金額が企業と富裕層向けの減税に充てられた。

 格差が拡大する時代に、格差をさらに拡大させる税制が埋め込まれた。2020年度の一般会計国税収入は60.8兆円。これが24年度に75.2兆円に増えた。24年度は2.3兆円定額減税が1年限りで実施されたから、これを含めると税収は77.5兆円。国税収入が1年あたりで16.7兆円も増えた。これを「自然増収」と呼ぶ。実態としては「増税」である。これを国民に還元しないと景気抑圧要因になる。消費税率を5%引き下げると15兆円減税になる。したがって、現在発生している自然増収を使えば消費税率5%を1日で実施することができる。やるべきことは明白だ。

 石破内閣が重要3選挙で3連敗したのは裏金事件だけが背景でない。石破内閣がザイム真理教政策を強硬に提示したからだ。そしていま、石破内閣を退場させない世論形成に注力しているのは財務省である。財務省が主要メディアに石破内閣温存の情報誘導を行うよう働きかけている。事態を打開するには、まずは石破内閣が選挙に対する責任を明らかにすることが必要だ。


<プロフィール>
植草一秀
(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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