国際未来科学研究所
代表 浜田和幸
日本初の女性宰相が誕生した。高市早苗──その名は長らく保守政治の旗印として語られてきたが、その軌跡の始まりは意外にもワシントンの議員事務所にあった。若き日の彼女は、米国議会の空気を肌で感じながら、権力の構造と交渉の術を学んだという。その経験は、後に「鉄の宰相」を目指す信念の核となり、いま彼女を日米関係という最前線へと導いている。だが、同時にその過去こそが、アメリカのしたたかな観察の網のなかに彼女を捕らえてきたのかもしれない。高市早苗という政治家はいかなる存在なのか──。
浜田和幸氏の緊急寄稿が、その素顔と宿命に迫る。
10月21日、日本初の女性総理が誕生しました。アメリカの元連邦下院議員のパトリシア・シュローダー氏の下でインターンを経験したことを自らの初の選挙戦時からアピールしてきた高市早苗新総理です。シュローダー元下院議員(民主党、コロラド州)といえば、フェミニストの代表格で、大統領選挙への出馬を模索していました。残念ながら、夢かなわず涙の記者会見を行ったことが、いまだに人々の記憶の片隅にあります。
若き高市氏はそんなアメリカの下院議員の事務所での2年弱の体験を通じて、ワシントン政界の表と裏を見聞きしたわけです。おそらく、シュローダー議員の言動を間近に観察しながら、自分自身の将来の政治家への道筋を思い描いていたに違いありません。実は、アメリカ政府は連邦議会議員の事務所で研修や活動を体験したいと希望する海外からのインターンの様子を常時観察しています。
その意味では、「将来の日本の政治家の卵」と見なされた高市氏の能力や可能性は徹底的に分析されていました。見方を変えれば、アメリカの諜報機関にとっては在米中の日本人の言動は、後に彼らがそれなりの立場を得た際に、交渉を有利に進めるための取引材料として活用できるわけで、「こんな得難いチャンスはない」といえるかもしれません。そのため、些細なことを含め、情報収集のターゲットになっていたことは明らかです。
元国務長官でノーベル平和賞を受賞したヘンリー・キッシンジャー博士曰く「狙った相手との交渉を有利に進めるためには、相手の強みと弱みに関する情報(データ)を限りなく収集、分析することが最重要課題だ」。
そのターゲットは敵、味方関係ありません。アメリカでは、とくに首都のワシントンには世界中から学者、研究者、インターン、メディアやビジネス関係者が集っています。
こうした外国人は将来、自国に帰った後に、それぞれの分野で影響力や発言力を行使する可能性が高いため、アメリカ政府は「先物買い」ではありませんが、彼ら、彼女らの動静をモニターし、膨大なデータベースを構築しているのです。高市氏に関するデータも本人は気づいていないでしょうが、ばっちり補足されています。とくに奔放な性格の彼女は、後々、スキャンダルとなりそうなタネをまき散らしていたらしいと聞いています。
そうであれば、近く来日する海千山千のトランプ大統領と国益をかけた交渉がどこまでできるのか、大いに気になるところです。高市総理は「トランプ大統領と緊密な関係を築き、国益を増進したい」と希望を述べてはいます。しかし、そうは問屋が卸さないでしょう。なぜなら、アメリカ政府は高市総理の弱点や突き所を把握しているからです。表の舞台ではこれ見よがしに高市総理を持ち上げていますが、裏のトップ会談の際には、ぐさりと彼女の胸に突き刺さるような「隠し玉」を繰り出し、過大ともいえる要求を繰り出してくるに違いありません。
高市総理が尊敬している「鉄の女宰相」ことイギリスのマーガレット・サッチャー首相との意外な共通点も突き所のはずです。高市氏は「自分の将来の目標は日本の“鉄の宰相”になることです」と豪語していました。今やその夢を叶える出発点に立ったともいえますが、本物の“鉄の女宰相”になるための勝負はこれからでしょう。はたして、サッチャー首相のように、あらゆる手段を駆使してマネー・スキャンダルを乗り越えることができるでしょうか。
というのも、高市総理にはサッチャー首相とは比べ物にならないほどの数多くのスキャンダル・ネタを抱えていることは関係者の間ではよく知られているからです。おそらく、「日本初の女性総理誕生」といった就任直後のご祝儀期間が過ぎれば、そうした醜聞が次々と暴露されることになると思われます。
ところで、トランプ政権では大統領との個人的な人間関係が重視されています。影響力の源泉が組織から個人へと大きく変化しているのです。というのも、1期目においてトランプ大統領と敵対する意見の持ち主が足を引っ張ったため政権内の亀裂が露呈した経験と反省に基づき、2期目においてはトランプ氏に全面的に従う側近や官僚を重用しています。たとえば、1期目に大統領補佐官を務めたボルトン氏などはトランプ大統領から内部情報の漏えい容疑で訴えられているではありませんか。
なお、現政権の閣僚レベルに日本専門家が見当たらないとの指摘もありますが、ルビオ国務長官もコルビー国防次官も日本との交渉経験はあり、スタッフから上がってくる日本関係の情報に注目していることは間違いありません。日本の有力政治家や官僚の動静には徹底的に監視の目を光らせています。
そんな中、トランプ政権からは日本の防衛力強化や予算拡充の要求が相次いでいます。高市総理は防衛力や抑止力の強化には前向きです。日本の政府内では「防衛費を2027年までにGDP2%の目標では少な過ぎる」との受け止め方が強く、新政権でも「対トランプ交渉」を念頭に、アメリカ製の武器の調達を含め、アメリカとの共同軍事作戦の展開にも積極的に応じることになると思われます。
すでに、水面下では高市新政権に対して「日本はできればGDP5%程度の防衛予算で抑止力と緊急事態対応への備えを万全にすべきだ。そうすれば、アメリカも日本との安全保障上の連携を確実なものにする」とのアプローチがなされています。というのも、アメリカは史上最悪の財政赤字に直面しているからです。かつて「世界の警察官」を誇示したような圧倒的な軍事力も、それを支える財政力も今や危機的状況に陥っています。
とはいえ、軍産複合体はトランプ政権を支える屋台骨のような存在です。NATO諸国はもちろんのこと、日本や韓国、そして台湾にも米国製のミサイルや戦闘機の売り込みに力を入れています。いわゆる「台湾有事」という一大事を煽ることで、トランプ政権は「中国と対峙するにはそれ相応の軍事力が欠かせない」と、日本への働きかけを強めてきました。
であるからこそ、「台湾派」として知られる高市新総理の誕生は願ってもないチャンス到来と受け止められているわけです。高市氏の自民党総裁と国会での首班指名を海外で最初に祝意を示したのは台湾の頼清徳総統でした。もちろん、トランプ大統領自身も「高市氏はすばらしい。卓越した頭脳と行動力を兼ね備えている。安倍元総理の後継者として大いに期待している」とべた褒め。その発言からは「中国の軍事的脅威に対抗し、抑止力を強化することに前向きな高市総理であれば、アメリカ製の武器を大量に買ってくれるはずだ」という皮算用が露骨に感じられます。
とはいえ、日本とすればアメリカとも中国とも「バランス外交」を追求する必要があります。どちらか一方に与することは得策ではありません。日本の生き残る道は米中2大国との協力関係の維持、強化に尽きると言っても過言ではないからです。高市総理が師事した安倍元総理はそうした路線を追求していましたが、彼女は「台湾重視」の必然として「中国警戒論」になびき過ぎているようにも見受けられます。
(つづく)
浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。








