(株)TECO 代表取締役 大橋拓哉
近年、日本国内におけるM&A件数は右肩上がりに増加し年間4,000件を超えています。少子高齢化と後継者不足が深刻化するなか、M&Aは事業承継の有効な手段として注目を浴び、事業の存続や成長のための「戦略的な選択肢」として広く認知されるようになりました。私たちM&A仲介業者も、経営者の大切な会社を次の担い手につなぐ使命を胸に、日々経営者と向き合っています。
しかし、M&Aは「魔法の杖」ではありません。相乗効果(シナジー)が期待できる案件であっても、戦略性のない判断や不十分なデューデリジェンス(DD)が原因で、買収後に大きな損失や混乱を招く事例も少なくありません。本稿では、実際の事例を基に、M&Aの光と影を考え、経営者や買い手にとっての重要な留意点をお伝えします。
事例1:専門家が伝えないリスク
Aは、M&A仲介会社に勤める友人Bからホテルの買収の話を持ち掛けられた。Aはマンション経営をすでに行っており、今後の成長の軸にホテル買収に関心をもった。買収までの道のりはスムーズに進み、監査(デューデリジェンス)は行う必要がないと、Bと売主とも話をしていた。
しかし、買収が完了してから、引き継ぎを行うにつれて問題が露呈し、結果調停にもつれ込んで交渉を行うことになった。
露呈した問題
- ホテル自体の瑕疵が隠されていた(風呂が使えない、非常電源が使えない)
- 売主によって譲渡対象資産の一部が無断で持ち去られていた(絵画、レジ金、ポイントカード)
教訓
事前にオーナー(売主)と従業員の関係性や、企業文化の違いを丁寧に理解することが不可欠。財務・法務・ビジネス・不動産の各方向から徹底したDDを行うべきです。また、面談を頻回に行って意思疎通を図ることが重要です。
事例2:後継者不在による「時間切れM&A」
製造業を営むC社は、創業者の高齢化にともない後継者問題を抱えていた。事業自体は安定していたが、後継候補は親族・社員ともに不在。焦りを感じた経営者は、短期間での譲渡を仲介会社に依頼した。
最終的に譲受先となったのは、異業種で資金力のあるD社。価格は満足できる水準だったが、D社には製造業の経験がなく、買収後の運営はすべて現場任せ。創業者は半年間の引き継ぎ後に完全に退任したが、技術承継や顧客対応のノウハウ共有が不十分だったため、生産効率が大幅に低下し、主要顧客が競合に流出した。
教訓
後継者不在という理由だけでスピードを優先するM&Aは、統合後の失敗リスクを高めます。譲渡先の業界理解や事業運営能力を慎重に見極めるべきです。
事例3:戦略なき買収の末路
E社はIT業界で急成長していたが、さらなる事業多角化を狙って、飲食チェーンF社を買収した。表向きの理由は「安定収益の確保」とされたが、実際には経営陣の思いつきに近いもので、両社間に明確な戦略的つながりはなかった。
結果、業種特性や人材マネジメントの違いが壁となり、E社は本業への集中力を削がれ、両事業ともに収益が悪化。数年後、E社はF社を売却することになった。
教訓
M&Aは「買うこと」自体が目的になってはいけません。統合後のビジョンやシナリオ、具体的な成長ストーリーが欠かせません。
戦略(ストーリー)の重要性
成功するM&Aには、単なる数字合わせではなく、企業の将来像を描く「ストーリー」が必要です。
たとえば、
- どの市場で、どのポジションを狙うのか
- 買収後の組織や人材の活用方針はどうするのか
- 技術やブランド、販路をどう統合し、成長させるのか
このストーリーがあれば、統合プロセスで生じる摩擦や予期せぬ事態にも、方向性をもって対処できます。逆に、ストーリーがなければ、経営判断は場あたり的となり、従業員や顧客も混乱します。
デューデリジェンス(DD)の徹底
DDは、M&Aの「健康診断」に相当します。財務・法務だけでなく、ビジネスモデルや市場動向、不動産、人材面の評価も含めた総合的な診断が必要です。
とくに中小企業のM&Aでは、経理体制が整っていないケースも多く、簿外債務や潜在的な訴訟リスクが隠れていることもあります。また、経営者個人のネットワークやスキルに依存するビジネスは、引き継ぎの難易度が高いため、事前の確認と移行計画が不可欠です。
まとめ:光だけでなく影を見据える
M&Aは、適切に行えば企業の成長や存続を大きく後押しする強力な手段です。しかし、安易な判断や短絡的な決断は、企業価値を大きく毀損するリスクを孕んでいます。
私たちがM&A仲介の立場として強調したいのは、前述した通り、M&Aはリスクが非常に大きいことです。リスクヘッジするためには、徹底したDD、明確な戦略、そして現場の実情を尊重した統合プロセスが不可欠です。
経営者の皆さまには、M&Aを検討する際には、光の部分だけでなく影の部分にもしっかりと目を向け、冷静かつ慎重な判断を下していただきたいと思います。
<プロフィール>
大橋拓哉(おおはし・たくや)
飲食店を多数経営し、従業員承継や第三者承継にて譲渡を経験。スポーツ関係事業の譲受を行い、経営統合を行った経験から、(株)TECOを創業。自身が事業承継、M&Aの当事者となった経験を生かし、質の高いサービスを提供したい想いを軸に事業拡大中。








